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写真:山本哲也 文:倉石綾子

自分たちの信念を貫くため、ビジネスに新たな価値観をもたらした〈べン&ジェリーズ〉。
現在も継続する数々の試みと、同様の価値観を抱く地元・バーリントンのコミュニティを紹介する。

[前編]はこちらから。

REPORT

サステナブルなアイスクリームブランド
〈ベン&ジェリーズ〉が生まれるまで。[後編]

ガソリンスタンド時代はただただ地域に根ざした企業になりたいと願い、実際、その通りの試みに挑戦してきた創始者のベンとジェリー。当時、彼らは自分たちが社会問題に影響を与えることができるとはこれっぽちも思っていなかった。社会のために企業ができることはただ、「できるだけたくさん利益をあげ、なるべくたくさんの寄付を行うこと」だと考えていた。

会社が少しずつ変わり始めたのは、ベン&ジェリーズ財団を設立したころからだ。財団を設立するとすぐに障害者や差別を受けている人々のために活動するグループから資金援助を求める応募が殺到した。けれど、いくら寄付したところで彼らにはほんのわずかな援助しかできないとわかった。資金を必要とするグループは想像以上に多く、援助できる金額は満足にはほど遠かったから。
ベンとジェリーは考えた。どうしてこれだけの国家予算があるのに、社会が必要とすることを満たせないのか、と。「連邦予算の多くを軍事費にあてているからだ」と考えたベンは「1%・フォー・ピース」という団体を立ち上げ、冷戦終結のための活動に乗り出した。1988年のことである。

「1%・フォー・ピース」には一企業として参加し、「ピース・ポップ」というフレーバーを発売した。これが〈べン&ジェリーズ〉として取り組む初のソーシャルミッションのプロジェクトとなった。

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▲写真左:現在、ジェリーが精力的に取り組んでいるのは遺伝子組み換え表示の推進活動だ。消費者は食品に何が含まれているのかを知る権利があると信じ、〈べン&ジェリーズ〉一体となって活動している。右:一方、ベンが個人的に力を入れている「スタンプスタンピードStamp Stampede」。政治資金を規制するため憲法を改正しようというキャンペーンで、キャンペーンの趣旨をスタンプした1ドル札を市民の間に循環させている。

現在では〈べン&ジェリーズ〉社内にソーシャルミッションを担当するセクションがある。そのまとめ役を担っているのが、グリーンピース出身のソーシャルミッション・アクティヴィズム・マネージャー、クリス・ミラーだ。
「〈べン&ジェリーズ〉の企業理念とは、高品質の製品を生み出しつつ利益を挙げ、かつそれらを社員や取引先、地域コミュニティなど〈べン&ジェリーズ〉に関わる全ての人々へきちんと還元すること。製品、経済、ソーシャルのどれかが優先されるべきでなく、この3つの使命は並列で実現されるべきものなんだ」

クリスが現在関わっているのが、持続可能な製造環境を整える、フェアトレードを押し進める、貧富の格差をなくし経済的な正義を実現する、といったソーシャルミッションだ。
「現代では多くの企業がCSR(企業の社会的責任)を謳い独自の活動を行っているけれど、〈べン&ジェリーズ〉のソーシャルミッションがそれと大きく異なるのは、他の企業のようにただ寄付をして慈善活動を行うだけではなく、自分たちのビジネスを通して社会をよりよくしようと考えている点だね。実際、今年中にアイスクリームの原料はすべてフェアトレード認証のものに変更される予定だし、非遺伝子組み替え食品への切り替えも少しずつ進めていくよ。また地域コミュニティへの利益還元の一つとして社会問題にも取り組んでいる。同性婚問題、環境問題などだね。こうした問題には賛否両論あるから、自分たちのメッセージを発信することは製品を売る上で不利になるという考えもあるけれど、僕たちはそれを恐れない。さまざまなキャンペーンのためにスペシャルフレーバーを発売し、あるいはイベントのスポンサーという立場を通じて、アイスクリームに自分たちのメッセージを乗せて発信しているんだ」

今年の春はオーストラリアのグレートバリアリーフ海洋公園の環境を守る(※)ため、WWFと組んで“One Month Scoop Tour”をオーストラリアで行った。お得意の「フリーコーン・デイ」から始まり、ラジオやSNSを活用して多くの消費者にグレートバリアリーフが直面する問題を広め、環境保護活動への理解を求めた。
「このキャンペーンはオーストラリアの政治家が批判してくれたことによって大いに盛り上がったよ。彼らはアメリカの一企業がグレートバリアリーフ問題に口を挟むことに不快感を覚え、僕らの商品のボイコットを呼びかけたんだ。そのおかげでたくさんのメディアがこの問題を取り上げるようになり、ついにユネスコが立ち上がった。このキャンペーンは利益のためではなく、ただ〈べン&ジェリーズ〉の信念に基づいて行ったキャンペーンだったけれど、結果としてオーストラリアで認知度を上げ、〈べン&ジェリーズ〉のファンを増やすことにつながった。このように、僕たちがビジネスを通じてのソーシャルミッションにこだわるのは、ビジネスを行って利益をあげることとそれを社会へ還元することが表裏一体にあるからなんだ」

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▲写真左:ソーシャルミッションの意義を語るクリス。右:1984年、ハーゲンダッツを所有するピルズベリー(当時)が流通業者に〈べン&ジェリーズ〉の商品配送をやめるよう圧力をかけたことに対し、抗議活動を行うベン。

〈べン&ジェリーズ〉では、ビジネスで社会をよりよくしようとするソーシャルミッションを推進しながら、会社の利益の一部を当てているベン&ジェリーズ財団を通じて、外部団体の支援も行っている。

〈べン&ジェリーズ〉がオフィスの一画を提供している外部団体「DREAM」も、財団のサポートを受けているグループのひとつだ。「DREAM」では低所得の家庭の子どもたちのためにメンター(指導教官)システムを構築するという活動を行っている。ボランティアの大学生がメンターとなって子どもたちと一緒に宿題をしたり、郊外に出かけたり......。一般家庭の子どもが味わえる楽しみと同様の機会を、低所得世帯の子どもたちに与えると同時に、将来の目標を明確にする手助けをしている。1999年にバーモントで始まった取り組みは、現在はボストン、そしてフィラデルフィアへ活動範囲を広げている。

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▲ベン&ジェリーズ社内にある「DREAM」のオフィスにて、マイケル・ローナーとそのスタッフ。

「この季節は『キャンプ・ドリーム』というプロジェクトを押し進めています」と言うのは、「DREAM」のエグゼクティブ・ディレクター、マイケル・ローナー。自身も貧しい家庭で生まれ育ったことから、このプログラムの意義を誰よりも理解している。
「バーモント郊外のフレッチャーにある、およそ50エーカーのキャンプサイトで行われるもので、ここではハイキングをしたり焚き火を囲んだりといったキャンプならではのアウトドア体験を通じて、子どもたちにコミュニティや環境への意識を高めてもらいます。2005年にはべン&ジェリーズ財団によりキャンプ場周辺にトレイルが敷かれ、さらにバイオトイレなども設置されました。現在はバーモント大学、ボストン大学、ノースイースタン大学など13の大学とカレッジからボランティアの学生が来てくれています」

〈べン&ジェリーズ〉は2012年からこうした社会起業家を支援するために、ビジネスコンテスト「Join Our Core」も実施している。ジェリーも審査員に名を連ねるこちら、今年は秋に世界11カ国で行われ、初めて日本でも開催される予定だ。

このように周辺地域や国内、世界の環境・社会問題に目を向けている〈べン&ジェリーズ〉のような企業や団体はバーリントンでは珍しくない。国内で「住んでみたい都市」「住みやすい都市」上位に選出されることも少なくないこの街は、サステイナブルな都市政策を展開していることでも知られている。

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▲ダウンタウンのチャーチストリート・マーケットプレイスは市民たちの憩いの場。

試しにバーリントン一の目抜き通りであるチャーチストリート・マーケットプレイスへ行ってみよう。バーモント州が産出するグラナイトと植栽をふんだんに配した街の景観は、この周辺の美しい自然を思わせる。車の乗り入れを禁じたマーケットプレイスのあちこちに大道芸人が立ち、屋台が並び、オープンカフェでは住民たちがおしゃべりに興じている。通りには地元の経営者が営む個人店舗が連なり、全米展開しているチェーン店はあまり見られない。バーモント州はもともと開発規制が厳しい州だが、バーリントンはとりわけ地元の個性が色濃い商店街を目指している。あるいは、バーリントンとサウスバーリントンの間にあるサウスエンド・ディストリクト。スノーボード・ブランド、「バートンスノーボード」発祥の地として知られるこの街にはアーティストやクリエイターが多く暮らしている。

共通するのは、住民たちの価値観を反映したユニークなコミュニティの存在だ。農園主、牧場主、小規模ブリュワリーや個人オーナーのレストラン。自分たちのコミュニティに誇りを抱く彼らは地産地消を大切にし、互いに支え合い、共同体的マインドでもって地元のコミュニティを発展させている。

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▲写真左上:こちらはサウスエンド・ディトリクト。この「サウスエンド・キッチン」は地産地消、フェアトレードをコンセプトにしたカフェで、シェフによる料理教室も開催している。右上:ローカルの食材を中心に使った「サウスエンド・キッチン」のメニュー。左下:サウスエンドで人気の「シチズンサイダー」。2011年にワインのセールスマン、化学者、そして農家という全く職種の異なる3人によって立ち上げられたこのサイダーブランド、昨年はバーモント州の「ベスト・サイダリー」賞に輝いた。右下:気候変動に立ち向かうため環境に配慮した取り組みを続ける「バートンスノーボード」は、リサイクルしたポリエステルで作ったウェアを販売し、本社スタッフには地元公共交通機関のフリーパスを支給するなどしている。

「シェルバーン・ファーム」は地域社会の持続可能な未来を考えるため、NPOが運営する環境教育農場。1400エーカーの敷地には農業体験ができる美しい農場と、19世紀に建てられた歴史的建造物が連なっている。ここでは農業、地域の環境、食育、そして土地の文化に焦点をあてたさまざまなプログラムが用意されている。

また「インターベールセンター」は地域社会の食料システムを促進するコミュニティファームだ。1988年の創立以来、地元の土地と水を守り、農家の収益性を高め、持続可能な土地利用を進めるため独自のプログラムやビジネスを行っている。例えば新規就農者のために農業技術のコーチングや事業計画のサポートを行い、あるいは独立した小規模農場への土地や設備をリースしている。これにより地元の就農者数を増やし、バーリントンのマーケットに新鮮な野菜や果物を供給しているのだ。

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▲写真左上:「シェルバーン・ファーム」では毎夏、子どもたちのためのサマーキャンプを開催している。右上:「シェルバーン・ファーム」の農園の責任者、ジョシュ・カーター。左下:350エーカーの敷地内に12の農場を擁する「インターベールセンター」。右下:「シェルバーン・ファーム」では子どもたちがたくさんの動物と触れあうことができる。

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▲〈べン&ジェリーズ〉が1978年に一店舗目を開いたガソリンスタンドの跡地で、1970年代前半に「シェルバーン・ファーム」はファーマーズマーケットを行っていた。

自分たちの信念を貫き通し、ビジネスに新たな概念をもたらしたジェリーは、バーリントンのコミュニティについてこんな風に語っている。
「ロングアイランドで生まれ育った僕がはじめてここに来たときは『とてつもない田舎に来たもんだ』と思った。あれから40年、人口わずか4万人のバーリントンはあいかわらず田舎だけれど(笑)、ここのコミュニティにはきちんとした価値観があって、そこに所属する人々がお互いの信念を認め、助け合って生きている。コミュニティにしろビジネスにしろ、価値観を持ってそれをメッセージとしてきちんと発することが、現代には必要なんじゃないかな」

※世界最大級の石炭積み出し港、アボットポイント港を拡張するにあたり、グレートバリアリーフ海洋公園に港湾工事で生ずる浚渫土砂の投棄をオーストラリア政府が許可した問題。ユネスコは今年5月、当局の判断を非難するとともに、グレートバリアリーフ海洋公園の「危機遺産リスト」登録検討を推奨した。

INFORMATION

BEN&JERRY'S

1978年にアメリカ・バーモント州で創業したプレミアムアイスクリームのブランド。現在は世界35カ国で展開され、日本には「表参道ヒルズ店」「コピス吉祥寺店」「ららぽーと豊洲店」「舞浜イクスピアリ店」の4店舗がある。また2014年3月17日からは、関東エリアの高級食料品店など約150店舗でミニカップアイスクリームの販売も開始。店舗では6月20日より、日本限定フレーバー「パッショナブル パイナップル」を発売する。benjerry.jp