田中麻記子のパリごはん アニスとフェンネル

vol.01イラン料理店「Chalizar」

イラスト・写真・文:田中麻記子
ポートレイト:宮本 武

こんにちは! 新しく連載を始めます、田中麻記子(たなかまきこ)と申します。パリ南郊外の「カシャン」という街に住んでいる絵描きです。パリ市はとても小さいので、郊外といえど、市街地までの距離は電車でたった8分。アトリエ兼住居で作品づくりに没頭する私がイラストレーション作品のコンセプトにするのは、「食」。この連載では、パリにある観光名所ではなく、インド・イラン・中国・ベトナム......など、異国感あふれる「移民街」にスポットを当て、制作中のリフレッシュに訪れるほど大好きな多国籍レストランをご紹介していきます。


記念すべき第1回にふさわしいレストランは、イラン料理店「Chalizar」

14区のメーヌ通りにぽつんと佇む「Chalizar(シャリザー)」は、穏やかな日差しがさし込む、居心地のよいお店。店内は、壁に設えられたペルシャじゅう毯のタペストリーが美しく、どこからともなくペルシア音楽が聴こえてくる。出迎えてくれたのは、キャラメル色のショートヘアにブルーの瞳、パープルのシルクのストールを巻いた、おっとり優しそうなマダム。すぐさま「あなた、日本人?」と、興味津々に話しかけてくれた。どうやらこのお店を始める前にデパートで働いていたマダムは、たまたま同僚が日本人女性だったということから日本が好きになったという大の親日家。そんな嬉しい出会いとともに、ゆっくりとメニューを選ぶ。

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まず頼んでみたのは、「Chirin Polo(シリン・ポロ)」。アセロラみたいに赤い「バーベリー」の実と、砂糖で味つけされた千切りの人参、オレンジピール、ふんだんに散りばめられたピスタチオ、マリネされたチキンをほぐしたものにサフランで炊かれたバスマティ米、それらすべてが一緒になった炊き込みごはんのようなピラフだ。ひと口頬張ると、それはまさに"妖精のごはん"! お花畑みたいな、これまで味わったことのない初めての味。マダム曰く、イランでは、日本と同じようにお米にこだわるとのこと。各家庭には日本のような炊飯器があって、油と一緒に炊いて、わざとおこげを作るという調理法もあるそうだ。

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メインには、「Fessenjan(フェソンジェン)」。これは、骨つきの鶏をザクロとクルミの濃厚なソースでじっくりと煮込んだ、イランのシチューみたいなもの。メキシコ料理の「モーレ」みたいなカカオ感や、アクセントになったザクロの酸味がクセになる味。これも、サラサラつやつやしたバスマティ米と一緒に食べる。そして、最後のデザートに選んだのは、イランのシュークリーム。一見、何の変哲もない小ぶりなシュークリーム。ところがひと口食べてみると、中のクリームに練りこまれた華やかなローズの香りが口いっぱいに広がる。できたてのシュークリームは、ひんやりと冷えたローズクリームと、サクサクのシュー生地が絶妙なバランス。甘さ控えめで、優しい味わいシュークリームは、いくつでも食べれそうなほどおいしかった。イランではデザートのほかに、料理にもローズウォーターを使うそう。

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ここ「シャリザー」では、不定期でペルシア音楽の演奏を開催。切なくも力強いイラン音楽の旋律に耳を傾けながら味わう料理は、その音色とハーブやスパイスなどの香辛料の味わいが融合して、一層おいしさを増す。ほかのメニューに恋い焦がれながらも「Merci! 」と、マダムに別れを告げるのだった。ちなみに、フランス語と同様にペルシア語でも「ありがとう」は「メルシー」なんだとか。

Chalizar

住所: 121 Avenue du Maine, 75014 Paris
営業時間: 12:00〜14:30/19:00〜22:30
TEL: +33(01) 43-20-18-18
WEB: chalizar.fr

オントルプルナー通りのイラン・マーケット

「シャリザー」を訪れた数日後、日本からある友人がやってきた。奇遇にも、彼女のお父さんはペルシア人。どうやら政治的理由により、お父さんは母国・イランに帰れないそうだ。そこで私は彼女を連れて、マダムが勧めてくれた15区のオントルプルナー通りへ出向くことに。オントルプルナー通りは、イランのスーパーマーケットやレストランが立ち並ぶ場所。1970年代に起きたイラン戦争を逃れた作家や文筆家などのイラン人たちは、何故か15区に住まうようになったとか。「お父さんが喜ぶ! 」と、目をキラキラ輝かせた彼女は、イランのお菓子や食料品を大量に購入。そして、片言のペルシア語を店主に囁くと、店主から抱擁と"ビズー(キス)"を浴びていた。パリに居ながら、移民文化を目の当たりにした素敵な瞬間だった。

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PROFILE


makiko_tanaka_portrait.jpgたなか・まきこ/1975年東京生まれ。フランス在住のアーティスト。2009年「第12回岡本太郎現代芸術賞」に入選後、「平成24年度文化庁新進芸術家海外派遣制度」研修員として2013年渡仏。作品展示を中心に、国内外で活動を続ける。資生堂『花椿』のWEB版にて「空想ガストロノミー」を毎月連載中。 tanakamakiko.com

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