語り部ハンターの昔ばなし研究室

vol.1小澤俊夫

構成・文:上條桂子
ロゴ・イラスト:山口洋佑

語り部に会う前に 昔ばなしを知りましょう

 語り部(=ストーリーテラー)とは「その土地に根付いた言葉を用い、口伝えで伝承の物語を語る人」のこと。本連載では、そんな現代のストーリーテラーたちに、何故昔ばなしを語るのか、昔ばなしが伝わった土地、物語を探ります。

 第1回は「昔ばなしとは何か」「昔ばなしは私たちにどんなメッセージを伝えるのか」を探るべく、口承文芸学者で「昔ばなし大学」を主宰する小澤俊夫先生にお会いしてきました。

 小澤先生は、グリム童話の研究や日本の昔ばなしのフィールドワーク等を通して、口承文芸理論を研究されています。昔ばなしには、耳で聞くための「語法」があるといいます。

「昔話は口で語り、耳で聞かれて伝えられてきたために、独特の"語法"を持っています。口で語りやすい、そして耳で聞いてわかりやすい語法で伝えられてきたからこそ、昔話は長い年月生きてきたのです」(『昔話の語法』福音館書店刊より)

 現代私たちが目にする絵本や本で語られている昔ばなしは、必ずしもこの文法に則ったものではありません。時にとても大切なメッセージが削ぎ落とされていることもある。そのようなことから、小澤先生は昔ばなしの語法を研究し、伝承的な昔ばなしの姿を守った昔ばなしを、現代の語り手から伝える活動をしているのです。

 では、昔ばなしが伝えるメッセージというのは、どんなものなのでしょうか。小澤先生は、いまの時代だからこそ、昔ばなしが大切だと言います。

「世間一般に昔ばなしというと、単なる子どもだましのお話だといわれることが多いんです。もちろん子どもを喜ばせる楽しい面もたくさんあるのですが、大事なのは、人生の基本を見据えているということ。だから長い歴史をかけて伝わっているのです」

 世界中に何千何万とある昔ばなしには、さまざまなストーリーがありますが、そのなかでも昔ばなしには大きく二つのメッセージがある、と小澤先生は言います。

 「ひとつは“子どもが変化しながら成長する姿を語る”というもの。もうひとつは、“人間と自然との関係を描く”というもの。子どもの成長を描いた昔ばなしで、僕が大好きなものに『寝太郎』があります。」

 このお話にどんなメッセージが隠されているかというと、二つのポイントがある、と小澤先生。

「まあ、こういう話をすると大抵の大人は悪い話だっていうわけ。人をだましてるわけだから。でもさ、人間って品行方正ばかりじゃ生きていけないでしょう。この話で大事なのは“寝太郎は一生眠っていたわけではない”ということと“たっぷり眠ったからこそ、後でいい知恵が出せた”ということ。前者が特に大切だと僕は思います。昔ばなしを伝えてきたのは、主に年寄り。年寄りっていうのは、自分が子どもを育てた経験があるからゆったりと構えている。そういう人生観が含まれているから昔ばなしって大事なんじゃないかと思うんですよ」

 現代では祖父母と同居している人は少ない。子どもを育てるのが初めての両親はどうしたらいいのかわからない。そういう時に昔ばなしは、どっしりと構えて人生について教えてくれるのです。

 昔ばなしが語るメッセージのもうひとつは、人間と自然の関係を語るもの。

「人間が自然のなかにどっぷりと浸かって、自然の恵みを受けているということ、そして自然への恐れを、日本の昔ばなしでは同時に語っています。それがグリム童話と違うところで、グリムは圧倒的に人間関係のお話が多い。それは、自然に神様がたくさんいると考える私たち日本人の自然観と、キリスト教の違いだと思います。日本人がいかに自然と親しんでいるかというのがよくわかります」

 先人たちの生きてきた知恵が込められている昔ばなし。昔ばなしに潜むメッセージを受け取るには、やはり「なまの声」で聞くことが大切だと小澤先生は言います。最後に、昔ばなしの基本である「耳で聞く」ことの大切さについてうかがいました。

「もともと物語は口で語り、耳で聞かれてきました。これは世界共通です。文字が読めない子どもでも、人のなまの声を聞いて物語を吸収します。そして物語のメッセージを吸収すると同時に、声を通して人のあたたかみ、その人自身を感じ取っているのです。語り部たちは決して大きな声では語りません。自然のなかのかすかな風の音や、鳥たちのなき声を聞くときのようにひっそりと語ります。ぜひ、太古のメッセージにじっと耳を傾けてみてください」

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「寝太郎」 毎日寝ていても いつかは、起きる

ある村に一人の若者がいた。寝てばかりいるので、みんなから「寝太郎だ」とばかにされていた。ある日、若者はむっくり起き上がって、鳩と提灯を買って帰ってきた。夜になると、若者は鳩と提灯を持って隣の長者の松の木によじ登り、大声で叫んだ。

「長者よ、よく聞け。われこそは鎮守の森の神様である。今夜はお前の家の家運を予言しにやってきた。お前の家の一人娘に、隣の寝太郎を婿にとらなければ、お前の家の家運はたちまち傾くであろう。よいか、わかったか。では鎮守の森に帰るぞ」

 寝太郎はそう言って、提灯に灯りをつけ、鳩のあしに結びつけてパッと放した。長者は灯りがすーっと鎮守の森の方へ飛んでいったので、すっかり本気にして、翌朝起きると寝太郎のところへ行った。

「鎮守の森の神様のご命令だから、うちの娘の婿になってくれ」と頼み、寝太郎が長者の家の婿になった。 (要約)

PROFILE

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おざわ・としお/口承文芸学者。グリムの研究から出発し、マックス・リュティの口承文芸理論を日本に紹介。昔ばなし全般の研究をすすめ、全国各地で「昔ばなし大学」を開講。1999年より季刊誌「子どもと昔話」を刊行している。www.ozawa-folktale.com

かみじょう・けいこ/編集者・ライター。アート、デザイン、カルチャーの分野で雑誌、書籍編集を行う。昔ばなし大学の受講生でもある。

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