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毛皮を知ること[中編]<br>毛皮の基礎知識と日本毛皮協会の取り組み

イラストレーション:深川 優 文:影山直美 協力:一般社団法人 日本毛皮協会

REPORT

毛皮を知ること[中編]
毛皮の基礎知識と日本毛皮協会の取り組み

 近年欧米諸国を中心に、動物権利・愛護の立場から毛皮使用廃止を宣言するファッションブランドが増え、フェイクファーが普及したことで、毛皮は特殊な素材に変化していきました。毛皮製品の持つ価値と意義が大きな転換期をむかえる今、私たちが知っておくべき毛皮のことを考察する本企画。[前編]では、毛皮を用いたプロダクトとデザイナーたちの声を紹介しました。[中編]では、「そもそも毛皮とはどんな素材なのか?」という基礎知識を入り口に、その利用法に着目します。一般社団法人 日本毛皮協会の服部宏久理事長に、毛皮の構造やライフサイクル、活用法について話を伺いました。

人間は毛皮に守られ、毛皮と深く結びついていた

——毛皮のつくりにはどのような特徴があるのでしょうか。

服部宏久理事長(以下、服部理事長) 革と違い、毛が生えた立体構造になっているところです。毛皮は大別すると毛と皮でできていますが、毛の部分は刺し毛と綿毛わたげという長さの異なる2種類の毛が生えています。弾力性と耐久性に優れた刺し毛の周辺に綿毛が密生しているため、そこに空気層ができ、保温力が高まるというつくりになっています。

——毛そのものが温かいということではないのですね。

服部理事長 はい。人工の素材で例えると、発泡スチロールは空気を含んでいるため断熱性があり、保温効果に優れていますよね。毛皮も同じ構造と言えます。さらに撥水性にも長けているので雨風に強く、皮面まで濡れてしまうということはそう簡単にはありません。種類により違いはありますが、多くの毛皮には、毛の表面に水分子よりも細かいナノレベルの羽毛が生えていて、水分を吸収しないので濡れることを防いでくれます。身体を保護する優れた機能面から、旧石器時代より人々に使われてきた毛皮は、人間が身につけた最初の衣服なのです。

——日本において毛皮産業が始まったのはいつごろですか。

服部理事長 日本毛皮協会の前身である日本原毛皮協会は1950年にスタートしました。私が勤める〈ニチロ毛皮〉は、缶詰の「あけぼの」で有名な北海道の水産食品会社〈旧・日魯漁業(現・マルハニチロホールディングス)〉のグループ会社です。かつては貿易親交のため、日本では北海道に、そしてヨーロッパでは北欧に、毛皮の養殖工場が多数存在しました。寒くて広い土地の方が動物にとって環境がよいためです。北欧で毛皮産業が長く続いているのも、そうした理由があります。毛皮を衣服やインテリアに使用することはもちろんですが、羊やウサギの肉は食用に、そのほかの動物の肉は家畜の飼料にもなります。またミンクの皮下脂肪から採れるミンクオイルは革靴のケア製品として普及しているほか、羊の毛から採れるラノリンという油は化粧品に取り入れられています。さらに、着なくなってしまった毛皮のコートをリメイクしてバッグやショールにすることもあります。食肉、衣類、オイルに活用でき、なおかつ毛皮のリメイクも可能と、できる限り無駄のないライフサイクルが成り立っているのです。

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——毛皮を廃棄するときはどうするのでしょうか。

服部理事長 毛皮は自然の素材なので、最後には土に還すことができます。〈ニチロ毛皮〉では、廃棄するヒツジの皮を処理して畑の肥料にしています。化学染料を使った毛皮でも薬品の含有量は微々たるものなので、微生物によって問題なく分解されます。また丈夫でやわらかな毛皮にするために、薬品でなめす工程があります。なめしに使われる3価クロムは、燃焼時の熱によって一部が人体に有害な影響を与える6価クロムに変化しますが、ほかの有機物と一緒に燃やすことで元の3価クロムに戻ります。3価クロムは自然界に元々存在する物質であり、自然に還しても問題はありません。最近は「エコファー」や「フェイクファー」と呼ばれる製品をよく目にしますが、石油由来の化学繊維から作るそれらは、燃やし方によっては有害物質が発生するほか、土に埋めても分解されにくい素材です。土に還り、新たなエネルギー資源になるという意味では、リアルファー(毛皮)の方が持続可能な素材と言えるのかもしれません。

毛皮を選ぶための判断基準とは

——スーパーに並ぶ野菜や肉に産地が明確に表示されているように、今日、食の安全性を管理する指標を頻繁に目にするようになりました。その点、毛皮製品はどのような過程を経ているのか一見すると見分けがつきません。

服部理事長 日本で製品化される毛皮は主に、北欧をはじめとする海外のオークション会社から輸入しています。一部では、「毛皮の養殖場は劣悪な環境で動物を飼育している」という情報が広まっていますが、養殖場から直接毛皮を仕入れるオークション会社では各々、動物福祉に配慮して厳格に飼育管理された毛皮でなければ、競りにかけられない制度を設けています。国際毛皮連盟はさらなる品質向上のため、2020年までに飼育管理や品質保証の国際的な基準を設ける予定です。日本では、数年前から品質が保証された毛皮に協会が発行する「JFAマーク」をつける取り組みをスタートしました。しかし、任意のマークであることからまだまだ浸透しておらず、業界全体の意識統一を図りながら一般に広めていくことが今後の課題です。

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▲ 毛皮の基礎知識と協会の取り組みを語る、服部宏久理事長。「JFAマーク」は、協会の加盟社のみが販売する製品に付けることができます。

——毛皮の正しい知識を伝えるために、行っている取り組みはありますか。

服部理事長 毛皮は独特な立体構造になっているので、雨に濡れても表面を拭いて乾かすだけと、お手入れは難しくありません。丁寧に扱えばとても長持ちしますし、リメイクをしながら世代を越えて受け継いでいける素材。そんな毛皮の知識を知ってもらうために、さまざまな啓蒙活動を行っています。百貨店の展示会では、正しいメンテナンス法を伝えながらまずは毛皮に触れてもらうという試みを実施するほか、デザインの専門学校では、毛皮の加工について紹介するセミナーを開催。さらに年に1度、若手デザイナーの育成を目的に「ファーデザインコンテスト」を主催しています。コンテストの参加者は初めて毛皮に触れる学生がほとんどです。彼らのデザイン画をもとに製作協力会社から毛皮の種類や染色などについて専門的なアドバイスを受けながら、縫製工場とともに仕上げていきます。実際に毛皮と触れ合いながら、毛皮の知識を深めてもらいたいというのがこのコンテストの一番の目的。過去にはここでのグランプリ受賞がきっかけで、毛皮デザイナーの道に進んだ方もいます。進む道が毛皮業界でなくても、将来毛皮の特性を活かしたアイデアで、ものづくりの幅やデザイナーの創造性が広がってくれることが何よりの協会の願いです。

ものづくりから見えてきた、毛皮の在り方

 持続可能な毛皮の有効利用を目指す一方で、技術者の高齢化が進み、加工技術の継承が難しくなっていると語る服部理事長。そのような状況下だからこそ、啓蒙活動として日本毛皮協会が注力する「ファーデザインコンテスト」があります。16回目となる今年は、2217名の応募数の中から20名の作品が最終審査にエントリー。コンテストを通じて、参加者たちはどのように毛皮への理解を深めていくことができたのでしょうか。

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▲ 各々の協力会社と密にコミュニケーションを取りながら、毛皮独特の縫製や裁断、パターンの組み方などを学ぶ参加者たち。ショー形式で発表される作品は、スタイリストやデザイナー、ディレクターといった日本のファッション界の一端を担うクリエイターたちの評価点で審査されます。

「毛皮は高級な素材なので、これまで自分の作品で使うことはありませんでした。生きものだからこそ感じられる立体美や、触れ合うことで無意識に生まれてくる愛着。それがリアルファーの特徴だと思います」。東京モード学園に通う山本将司さんはそう語ります。また、サガ・ファー賞を受賞し、海外研修のチャンスも手にした森岡祐衣さん(大阪モード学園)は、スケーターを連想させるデザインでストリートファッションとしての毛皮を表現。同世代の毛皮への関心を喚起しました。「毛皮の洋服はファストファッションとは違い、一生ものになると感じています。毛皮=ラグジュアリーという捉え方を変えていきたいです」。上田安子服飾専門学校の中村葉月さんは、縫製作業で新鮮な体験をしたとのこと。「巻き縫いという特殊な縫製で毛皮を縫い合わせていくのですが、縫い合わせたつなぎ目は毛で隠れてしまうので跡が目立たない上、修正する際には驚くほど簡単に糸をほどくことができました。毛皮はリメイクに向いている、というのも納得です」。

 環境保全や動物の尊厳に配慮した持続可能なものづくり。それを実践するつくり手に関心を深め、ものを選んでいくことがこれからの暮らしに重要なことではないでしょうか。[後編]では、毛皮専門のリメイク業者に話を聞きながらこれからの毛皮との付き合い方を考えます。

INFORMATION

一般社団法人 日本毛皮協会(JFA:ジャファ)/「社団法人日本原毛皮協会」の名で1950年に発足。毛皮製品の加工・卸し・販売・リフォームを運営する46社の毛皮専業者の団体として、毛皮産業に関する調査研究などを収集・提供しながら、産業の発展に貢献する活動を行なっている。デザイナー育成の一環として毎年「ファーデザインコンテスト」を主催。fur.or.jp