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毛皮を知ること[後編]<br>これからの毛皮との付き合い方

写真:渡邉まり子 文:影山直美 協力:一般社団法人 日本毛皮協会

REPORT

毛皮を知ること[後編]
これからの毛皮との付き合い方

 毛皮製品が持つ価値と意義が大きな転換期をむかえる今、私たちが知っておくべき毛皮について考察するこの企画。[前編]は、毛皮を用いたプロダクトとデザイナーたちの声を紹介。[中編]では、一般社団法人 日本毛皮協会の理事長から、毛皮の基礎知識やライフサイクルについて話を伺いました。最終章の今回は、毛皮のリメイクを専門に行う〈TADFUR〉の取締役・松田真吾さんと、「ファーデザインコンテスト2017」で審査委員長も務めたスタイリストの馬場圭介さんによる対談から、「これからの毛皮との付き合い方」について考えます。

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〈TADFUR〉が取り組む、毛皮の再利用

ecocolo編集部(以下、編集部) 毛皮のリメイクを専業にしているのは珍しいですよね。〈TADFUR〉さんの始まりについて教えてください。
TADFUR・松田真吾さん(以下、松田) 当社の創業は50年前。創業者である私の祖父は、もともと在日米軍やその家族向けに銀座や神奈川県のキャンプ座間内で毛皮を販売するアルバイトをしており、それから毛皮の商社に身を置いていました。外国人向けのサイズにフィットしないため着丈を短くしたい、身幅を細くしたい、といった日本人のお客さまが次第に増えて毛皮の修理を始めたことが、〈TADFUR〉創業のきっかけです。サイズを調整する技術が進んでいくと、デザインに手を加えて仕上げていくようになり、父の代で本格的にリメイク業がスタートしました。現在は父、母、私、そして熟練のスタッフとともにより長く愛用できるような衣類や小物などのデザインを提案しています。今、お客様が店にお持ちになるのは、30年以上前のいわゆるバブル期に購入されたコートが8割くらいです。購入時に数回着用した後、何年もクローゼットにしまったままだったということがほとんどです。
馬場圭介さん(以下、馬場) 毛皮のコートといえばロング丈で、日本人が着こなすにはハードルが高いんですよね。ショート丈のブルゾンなどが主流になっていれば、お蔵入りにならずに済んだかもしれない。
松田 購入する側もですが、販売する側も、当時すごい勢いで輸入された毛皮の文化に追いつけなかったのではないでしょうか。〈TADFUR〉のお客様のなかには、「毛皮は雨の日の着用がご法度」と誤解されている方も多いようです。"毛皮は日常使いできない特別なもの"という一面的な解釈が、日本で一般に毛皮が浸透していかなかった理由のひとつなのかもしれません。だから販売者は、今市場にある毛皮がどのように作られ、どんな特性があるのか、消費者に丁寧に説明する責任があると思います。
馬場 自分は何十年も着ている革のジャケットがあるけど、革って、着ている人の体のサイズやかたちに合ってくる。さらに元に戻らない。それは自然の素材にしかない特徴で、化学繊維は誰が着ても変わらないんだよね。化学繊維が発達してきているとはいっても、やっぱり自然素材の着心地の良さに勝るものはないですね。

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▲ 〈TADFUR〉での作業の様子。毛皮を細いテープ状にカットし、専用のミシンで一本一本繋ぎ合わせて作られたパーツは、簡単に解くことが可能。リメイクする毛皮のパーツを新しい型に合わせて、パズルのように組み立てていく作業は熟練の技が必要です。仮縫いに使用する「トワル」という布を廃棄せずにアートに再利用する「Re:Toile〜トワル再利用プロジェクト〜」も行っています。

リメイクに適した毛皮の縫製方法

編集部 〈TADFUR〉に持ち込んだ毛皮は、すべてリメイクしてもらえますか? 
松田 それが残念なことに直せないものもあります。正しいメンテナンスをしないまま着用・保管された毛皮は、内側がぼろぼろになってしまっていることがあるからです。例えば、やわらかく繊細な毛質のチンチラはとても高級な素材ですが、襟回りに使われることが多く、首の汗を吸ったまま放置してしまうと翌年には使えなくなってしまうこともあります。毛皮の状態を保つために着用後にやっていただきたいのは、湿気を素早く抜くための日陰干し。表面のほこりを取るためのブラッシングも効果的です。とはいえ、毛の丈夫さによって扱い方のコツもさまざまなので、やはり購入するときに丁寧な説明を受けられる環境が必要だと思います。 
編集部 先日取材した日本毛皮協会の理事長のお話によると、販売員の知識を深めるためのパンフレットを配布して、毛皮の啓蒙活動に力を注いでいるとのことでした。
松田 そうなんですね。これからは正しいメンテナンスの知識が一般に広まっていくことを期待したいです。また、その毛皮がどう加工されたかによってもリメイクの可否が決まってきます。毛皮は、首とお尻の部分では毛足の長さが異なるため、縫い合わせるとどうしても段差ができてしまいます。そこで昔の人が考えた縫製というのが、細かくカットした毛皮を繋ぎ合わせてパーツを作り、身頃の丈に合わせて縫っていく方法。ロックミシンを使って一本の糸で縫い合わせるため、端の糸を引けば一気に外すことができ何度も縫い直しが可能になります。しかし最近は、技術が進歩して複雑な加工が増えました。例えば、少量でもボリュームを出すことができるヤーンという編み方は編み地を作り、そこに細くカットした毛皮を編み込んでいくため、デザインを変えるには難しく、私たちの会社では作り変えることができません。私は、ロックミシンを用いた縫い方を知ったとき、昔の人は直す前提で毛皮を作っていたんだなと思いました。残念ながら、今はそれを全く想定していないものも売られているように感じます。技術の発展も必要ですが、"将来的に直せるもの"を作ってほしいと思います。

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▲ 馬場さんがロンドン時代にマーケットで購入した革のライダースジャケットとムートンのフライトジャケット。

大切なのは、素材に、ものに、関心を持つこと

編集部 海外での生活を経験されている馬場さんから見て、日本と海外とでは、ものに対する考え方に違いはありますか?
馬場 ヨーロッパの方が日本よりも、ものを大事にする文化の歴史は古いんじゃないかな。ヨーロッパには昔の建物やアンティーク品もたくさん残っているし。自分が持っているのも新品ではなく、ロンドンのマーケットで見つけたようなセカンドハンドのものがほとんど。死ぬまで着たいものしか持ちません。新品か中古か、自然のものか化学繊維か、どんなものを選ぶかは人によるけど、最終的には自分が着たいものを着る。それでいいと思っています。
松田 私は毛皮のリメイク業に携わっていますが、毛皮についてもそれぞれの考え方があっていいと思います。一番残念なのは、無関心な人が増えること。自分が着ているものがどう地球環境に影響を与えるのか意識することは、大事だと思うんです。正直、自分がそう考えられるようになったのはある程度歳を重ねてきてからのことですが、若い世代の人たちはもちろん、より多くの人に、身につける衣服について考えを巡らせてほしいですね。
馬場 そういえば前にバンドTシャツを着た若者と話したときに彼がそのバンドを知らなかったことがあって、それには驚きました。ネットで選ぶだけじゃなく、よく調べたり、知識のある人から話を聞いたり、実際に見て感動したりすることが大事なんじゃないかな。
松田 新品でも古着でも、着るものの選択肢は多い方が良いし、「リメイクして使う」という選択肢も身近に感じてほしいです。リメイクには、親御さんが愛用していたものを今の時代に甦らせるという楽しみ方もあります。だから私は、新たに作り出すよりも今はリメイクに専念し、自分の役割を全うしたいと考えます。いずれは直すにとどまらず、毛皮を土に還すまでのサイクルを作りたいですね。

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▲ 写真左から、馬場圭介さんと松田真吾さん。

これからの毛皮との付き合い方

 近年、イギリスではウールの再生・生分解可能な点を伝え、ウール製品を訴求するキャンペーンが開催され、自然がもたらす素材へ改めてフォーカスする取り組みが行われています。また、スウェーデンでは生活用品の修理代に対して税率を下げる政策を実施するなど、ヨーロッパ諸国では、ものづくりと消費のあり方に関心が高まっています。そういった動きが活発化しているなかで、私たちが見つめるべきことはなんでしょうか。今回の取材を通して、環境保全や動物の尊厳に配慮したものづくりを続ける方々に出会い、毛皮という自然素材の構造やライフサイクル、リメイクに適した縫製方法を知ることができました。このように、素材への理解を深めながら、共感できるものや安心して着続けられるものを選び抜き、出合ったものを大事に使い続けること。それが、いずれ大きな喜びに繋がるはずです。

PROFILE

TADFUR(タッドファー)/「毛皮の病院」のコンセプトを掲げて1967年に千葉県で創業。毛皮のリフォームやリメイクを専門に行い、1〜3ヶ月かけてデザイン、仮縫い、直しをしながらオーダーメイドで仕上げていく。東京・千代田区のサロン以外にも、全国の百貨店などでお直しの相談会も開催しており、年間1,200件ものお直しを受注する。三代目の松田真吾さんは、製作時の仮縫いで使用したトワルと呼ばれる布を再利用する「Re:Toile〜トワル再利用プロジェクト〜」や、毛皮の裏地をバイオエタノールにまわし再利用する取り組みも行なっている。tadfur.co.jp

馬場圭介/1958年熊本県生まれ、スタイリスト。26歳でロンドンに渡り、帰国後に渡英先で出会ったスタイリスト大久保篤志氏に師事。1989年に独立。自身のルーツでもあるUKスタイルで長年ファッションの一線で活躍しながら、ディレクションを手がける〈ENGLATAILOR by GB(イングラテーラー バイ ジービー)〉のディレクターとデザイナーも兼任している。2016年から東京のブリティッシュ好きたちが集まれる場として、毎月第4木曜日の夜に「ROYAL WARRANT SOCIETY」を主宰。日本毛皮協会が主催する「ファーデザインコンテスト2017」の審査委員長も務めた。