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『拡張するファッション』展<br>林 央子×ホンマタカシ トークショー

ⓒTHE FUTURE 2011

REPORT

『拡張するファッション』展
林 央子×ホンマタカシ トークショー

現在、水戸芸術館現代美術ギャラリーでは、林 央子さんの著書『拡張するファッション』から生まれた同名の展覧会が催されています。アートやデザイン、出版といった複数ジャンルが出合う文化の交差点としての“ファッション”が紹介されるこの展覧会にあわせて、本展にも出品しているミランダ・ジュライが監督・脚本・主演を務めた映画『ザ・フューチャー』の上映と、それぞれの活動を通してミランダと交流がある編集者の林 央子さん、写真家のホンマタカシさんによるトークイベントが開催されました。お二人から語られたミランダの魅力を紹介します。

林 央子(以下、林) ホンマさんは『ザ・フューチャー』をご覧になるのは何回目ですか?

ホンマタカシ(以下、ホンマ) 僕は3回目です。

 私は、銀座の試写室で初めてこの映画を観た後の感覚をよく覚えています。映画の中で、ジェイソン(主人公の恋人)が時間を止めて夜の街に出て行くというファンタジックなシーンがありましたが、それが印象的だったせいか、私は試写室を出た後、自分がどの世界にいるのか分からないような不思議な感覚になりました。ホンマさんは3回観ていかがですか?

ホンマ 僕は今日あらためて、全シーンが素晴らしいなと思いました。この映画のように、何度観てもいいなと思える映画が、いい映画だと思うんです。

 『ザ・フューチャー』はいろいろな感情が動く映画ですよね。初めて観た時は出てくる家のインテリアが気になったのですが、今日は主人公の女性の心の動きに寄り添って観ていました。いろんな見方ができる映画なんだと思います。
『拡張するファッション』展でもミランダ・ジュライが1996年、22歳の時に初めて世間に発表した短編映画『アトランタ』を展示しています。それから15年経ってこの長編『ザ・フューチャー』を完成させたんですね(日本公開は2013年)。彼女はこの映画で、自分で脚本を書き、主演し、映画全体を監督する、というマルチプレイヤーをやっています。

ホンマ 僕は、ミランダの夫であるマイク・ミルズ経由でこの映画について「あまり明るい話ではないから日本の観客に受けるかしら」と心配している、と聞いていたんです。でも僕は、最初に観た時から本当に素晴らしいと思いました。彼女は自分からセクシャルな表現をやったりするんだけれども、「みんなどう思うのかしらね」という確信犯的なところがある。そういうところも好きですね。

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撮影:佐藤正純

ホンマ 実は先日『GINZA』という雑誌の4月号でミランダ・ジュライのファッションページの撮影を頼まれて、スケジュールが厳しかったんですがどうしても撮りたいと思って、LAに日帰りで行ってくる撮影日程を組んだんです。

 日帰りということは、泊まらないで? 0泊?

ホンマ そう、0泊。の予定だったんですが、その前に知床に行っていて、そこに吹雪がきて東京に戻れなくなり、LAにも行けなくなってしまった。他のカメラマンにお願いするという話もあったのですが、最終的には、6つのお題を出して、ミランダが選んだものをセルフポートレートにするという企画に変更しました。

 ホンマさんがアサイメント(宿題)を出したと聞いて「さすがホンマさん!」と思いました。ミランダ自身も「Learning to Love You More(あなたをもっと愛する練習)」にたくさんのアサイメントを出していますよね。そのアサイメントをいろんな人がそれぞれの生活の中でやり、それらは結果的にミランダ・ジュライのアート作品になるっていう。誰でも彼女の制作に参加できることも、また面白いですよね。今回の展示では、その中の一つの課題を取り上げています。
ホンマさんが出した指示というのは、どういうものだったんですか?

ホンマ あまり練らずに、「覗かれていると思ってセルフポートレートを撮ってください」といった質問を送りました。なので、水戸芸術館に来て、ミランダの展示で彼女が詳しく指示しているのを見て、「あぁ、もうちょっと高尚なやつを送ればよかったな」と少し反省したんですけど(笑)。

 ところで、さきほどさらっと言われましたけれど、彼女はホンマさんがどうしても撮りたいと思う被写体なんですよね。

ホンマ そうですね、やっぱりミランダに関してはできるだけ撮りたいと(笑)。僕が知っている中で、いま一番面白いと思っているんです。日本も外国も含めて、物を作っている作家として、僕は一番面白いと思う。彼女がやっていることって、結局96年の『アトランタ』と変わっていないんですよね(笑)。ずっとその延長線上でやっているっていうところも、すごく面白いと思うんです。

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「拡張するファッション」2014年 水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景
撮影:細川葉子 写真提供:水戸芸術館現代美術センター

ホンマ 『アトランタ』を作った頃だと思いますが、ミランダは「ビデオカメラとテープレコーダーで、本当にレボリューション(革命)を起こせると思った」と言っています。それがやっぱり、本気だと思うし、切実さを感じる。『ザ・フューチャー』でも「何か表現する人になりたかった、何者かになりたかった、でもうまくいかない」ということが、裏テーマにあると思うんです。映画の中で、たまたま知り会ったおじさんと関係を持って「見つめられているだけでいいなら、私何もしなくていいわ」と言うんだけれど、結局は元の場所に戻っていく。僕はあれが、実はすごく切実な社会的問題だと思っているんです。日本の女性も、何かやろうと思っていろいろ挑戦しているけれども、ある時「もういいや」と思って、結婚して子どもを産んで家庭に入ってしまう。そのこと自体は本当に素晴らしいことだと思うけれど、この映画はそんな女性たちの問題を扱っているような気がするんです。

 『拡張するファッション』の本を書いた時に、メールでミランダにインタビューしたんです。その中で一番心に残ったのは、「何かを表現したい」と思っている女の子に向けた「自分自身がよくわからなくなって不安になったり、何をしたらいいかわからなくなったりすることを、肯定的に捉えてください」というメッセージでした。それは、やはり彼女自身にとってもすごく切実な問題だったんですね。

ホンマ 日本では、そういう「何かになりたい」という気持ちは「中二病」というか、ハシカみたいなものだと片付けられがちですよね。それを抑えていくのが大人になることだと言われる。でも僕は、それは完全な男性社会の抑圧でしかないと思っているんです。百歩譲って、男の子は男性社会の上下関係に入っていくしかないのかもしれないけれど、女性は逆にもっと自由があると思っています。そして、ミランダはその気持ちをずっと持ち続けていると同時に、それを客観化し、作品化できている。そこが素晴らしいなと思います。客観化することによって自分というものを作っているし、それによってみんなに夢を与えていると思うから、二重の意味で素晴らしいと思う。
と同時に、やっぱりすごく切実さを感じるんです。切実な面白さというか。

 彼女が書く小説でも、自分とは違う立場の人、たとえばすごい過疎化された街の住人が主人公だったりしても「もうすべてが切実!」と共感できてしまう、ということは共通していますよね。

ホンマ だから、この映画を今日観て面白いと思った人は、ぜひ短編小説も読んでもらいたいんです。『No One Belongs Here More Than You(いちばんここに似合う人)』という黄色い表紙の本です。15個くらい短編が入っているんですが、どれも本当に素晴らしいです。

 ホンマさんにこのトークを依頼した時に、すぐにお返事をくださったので、やっぱりそれだけ自信を持ってみなさんに勧めたいんだな、と思いました。

ホンマ 他の作品で自信を持ってすすめるっていうことはあまりないんですけれども、なんか......ミランダの作品は素晴らしい(笑)。

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『拡張するファッション』2014年 水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景
撮影:細川葉子 写真提供:水戸芸術館現代美術センター

5月18日まで開催予定の『拡張するファッション』展では、ミランダ・ジュライの「Learning to Love You More--あなたをもっと愛する練習」という参加型の作品を展示しています。この企画は「自分にとって特別な瞬間に着ていた服装の写真と、その時のエピソードをEメールで送ってください」というもの。参加者が送った写真とエピソードはプリントアウトされて展示されます。ミランダがTwitterで「こういうことやってるよ」というツイートをしたことにより、アメリカからも作品が届いているんだとか! ミランダに興味をもった方は、このプロジェクトに参加して、彼女の作品の一部になってみてはいかがでしょうか?

INFORMATION

拡張するファッション

会期: 〜2014年5月18日(日)9:30~18:00
会場: 水戸芸術館現代美術ギャラリー(茨城県水戸市五軒町 1-6-8)
入場料: 一般 ¥800、団体(20名以上)¥600
休館日: 月曜日 ※5月5日(月・祝)は開館
TEL: 029-227-8111
WEB: arttowermito.or.jp

※展覧会のオフィシャル・ブック『拡張するファッション ドキュメント』は、
5月16日にDU BOOKSより発売予定。

PROFILE

林 央子(はやし・なかこ)/資生堂が発行している雑誌『花椿』の編集者として13年間在室。2001年退社後、フリーランスに。書籍出版『パリ・コレクション・インディビジュアルズ』リトルモア、『here and there』Nieves、『拡張するファッション』スペースシャワーネットワークなど、ファッションを主軸に企画・執筆活動を行っている。

ホンマタカシ
/写真家。1999年、写真集『東京郊外 TOKYO SUBURBIA』(光琳社出版)で第24回木村伊兵衛写真賞受賞。2011年には東京オペラシティアートギャラリー、金沢21世紀美術館、丸亀市猪熊源一郎現代美術館にて個展「ホンマタカシ ニュードキュメンタリー」が開催された。