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『私の好きな料理の本』発刊記念トークイベント  食いしん坊スタイリスト・高橋みどりの「私の仕事」Vol.01

『私の好きな料理の本』発刊記念トークイベント  食いしん坊スタイリスト・高橋みどりの「私の仕事」Vol.02はこちらから

REPORT

『私の好きな料理の本』発刊記念トークイベント  食いしん坊スタイリスト・高橋みどりの「私の仕事」Vol.01

香ばしい匂いが伝わってきそうな料理の写真、大胆に、でもわかりやすく書かれたレシピ...... "自分の料理の世界"を広げてくれる料理本は、人それぞれあるはず。そんな数々の素敵な料理本を手がけてきたフードスタイリスト、高橋みどりさん。昨年出版された高橋さんの著書『私の好きな料理の本』は、タイトルの通り、高橋さんの食への愛情がたっぷり注がれた1冊です。ここでは、その出版を記念し、代官山蔦屋書店で行われた高橋さんのトークショーの一部をレポート。"くいしんぼう"高橋みどりさんの原点、スタイリストという仕事への想い、大好きな食を通して生まれた経験や言葉をご紹介します。

すべてにおいて愛がこもった 母の手料理

「私の母親は、洋服も食べものも何でも手作りの人でした。私も小さい頃それが当たり前だと思っていました。ラーメンは、チャーシューからすべて手作りで外で食べたことがなかったし、洋服もすべて刺繍入りのお手製でした。だから、反対に昔は既製品をうらやましく思っていましたね。でも、おいしいものやいいものが、"手作りのもの"ということは、小さい頃に培われた感覚かもしれないです。
 ある日、兄が高校から帰ってくるなり『お弁当があまりにもきれいすぎて恥ずかしい!』と母に言っていたんです。『鮭が一匹ぼんと乗っているような弁当にしてくれ』と母に頼んでいて(笑)。確かに、遠足に行ったときなにかに、自分のお弁当がすごくきれいだということに薄々気がついていて......。今は普通かもれませんが、ほうれん草は、水分が出ないように必ず海苔でくるりと包んであるとか、彩りがいいとか、ちょっとしたことではあるんですけど。小さい頃からそういう母親の姿をなんとなく見てきたことが、今になって思うと、自分の身に染み込んでいるような気がします。決してゴージャスなものを使っているわけではないけれど、すべてにおいて愛がこもったものだった、と今さらながらに思います。その愛を、当たり前のようにうけていたので当時はありがたみがあまりわからなかった。いまになってもっと母親を大事にしておけばよかったなあって思います」

秀でた才能はなくても 小さな"好き"をつないでいく

「短大では、陶芸を専攻していたこともあり、器に興味があって、それに元来食いしん坊(笑)という自分が結びついて、食べることで人に喜んでもらう仕事につながっていきました。
 大橋歩さんの事務所で働いていたのですが、事情があり、30歳になったら卒業ということになり、辞める半年前くらいに大橋さんに『次は何をやりたいか、考えなさい』とピシッと言われたんです。当時、ぼーっとしていた私は、半年後に、と言われ、あらためていろいろ考えました。自分には特別秀でた才能はないけれど、食べることに対しての執着は人並み以上あるという自信(笑)、それと陶芸を少しかじっていて多少知識はあるということ。そういう自分の中の小さなものをつなぎあわせると、なんとなく食にまつわる仕事の方へ気持ちが向いてゆきました。
 事務所にいるときは大橋さんやそのまわりの方々の展覧会やギャラリーのオープニングパーティに行く機会が結構あったのですが、そこで、当時流行りだした"ケータリングサービス"というものに出会ったんです。それまでのように美味しくない冷めたローストビーフやキャビアなにかがテーブルにただ並ぶのではなくて、食べやすくて見た目も楽しい、美しい料理が並び始めたんですね。展覧会では、作品より何よりそれを見ているのが楽しくて(笑)。その場にいるみなさんもとても喜んでいて、食べることで笑顔が生まれるっていいなあと思いました。その時、こういう方向性もあるなと考え始めました。でも、ケータリングは料理人がいないとできないので、そのパートナー探しから始めました。
そこでふと思いついたのが、よく飲みに行っていた自由が丘にある店のおかみさんだった船田キミヱさんでした。そんな思いを相談してみると、偶然にも船田さんもちょうど新しいことを始めたいと思っていたところだったんです。それで、一緒に組んでケータリングを始めることになりました。船田さんは、お料理の腕はもちろん素晴らしいし、お茶や書をやってらっしゃったり、器のコレクターでもあったり、という方ですごく影響を受けました。ケータリングを始めた頃は、船田さんの補佐の補佐をやっていました(笑)。見よう見まねでご飯を炊いたり、出汁をとったり。でも昔からよく動く母の姿を見ていたり、買い物について行ったり、ずっとそばにいたことがすごく記憶に残っていたせいか、やろうと思ったら案外楽にできてしまった。駆け出しの頃、ケータリングだけではやっていけないので、船田さんがお料理教室も始めました。そこでも、私はまた補佐でついて(笑)、はじで見ながら料理をおぼえていきました。教室なので、同じ料理を何回も繰り返すし、レシピも何回も読む。それが、今の料理本づくりにも大いに役立っています。レシピを読むだけで、どんな料理かが浮かんでくるというのは、この時の訓練があってのおかげだと思っています」

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なんとなく、ではなくて 意味のあるものを作るために

「まったく何もわからないところからのスタートだったので、ケータリングの仕事をはじめてからの2~3年は、本当にいい経験をたくさん積めました。そこからケータリングの仕事が少しずつ人の目にふれるようになってきて、声をかけてもらい、文化出版局の『元気な食卓』という雑誌でスタイリングをさせていただいたんです。さらにそれを見たデザイナーの方が出版社の方に推薦してくださり、栗原はるみさんの『たれの本』、つづく『ソースの本』『おやつの本』(文化出版局)などをいきなりシリーズでやらせていただきました。
当時は食器類のリース屋さんの存在もまったく知らなかったので、自分のものと友人のもの、さらに直接お店に行って借りたものとで、準備から自力でやりました。もっとも先生につくという考えは初めからなかったんですが、こうして一人でスタイリスト業を始めました。その頃はまだ編集の方がスタイリングをすることも多い時代でしたね。
 また、単行本の仕事を手がけつつ、雑誌の『LEE』からも声をかけていただきました。当時出版社では個人のスタイリストがディレクションをするのではなく、グループで料理班を作って動いていました。だから「この料理にこういうスタイリングがしたい」と思ってもひとつひとつみんなで決めないとダメでした。私はその"みんなで決める"というのが苦手で......(笑)。30歳になってフリーランスになったので、すでに自己も好みも確立していたこともありグループで動くことに違和感があったんですね。
 そんな時に今度は広告の方面から声がかかりました。博報堂や電通で開かれる会議のピリピリした空気の中で、自分も責任ある発言をしなくてはいけない。出てくる単語もよく分からなくて、周りの方にちょっと聞いたら『そんなこと今聞くんじゃなくて、メモしてあとで調べろ!』って怒られたり(笑)。でも同時に『うわあ、怖い! でもこの感じ好き!』と(笑)、自分が求めていたのはこの緊張感だ!と感じたんです。
 広告は、雑誌と違って、ターゲットがより的確でないといけない。なんとなくかわいい本をつくるとか、なんとなくいいものを作るのではダメなんです。一般の家庭がターゲットであれば、商店街に行ってスタイリングに使うお弁当箱を探したり......とことんリアルを追求することが楽しかった。"なんとなく"ではなくて、"意味のあることがしたい"という気持ちがあったので、ターゲットを絞り込んで作りだしていくプロの集団の中に入って仕事をして、いろいろ言われながらも「OK」と言われた時のうれしさ、気持ちよさがありました。アートディレクター、カメラマンなど各分野の経験豊かな力のある方、若手の方、地方の方などいろいろな人と一緒に組むことで、最初はまったく自分を理解してくれない人を説得できた時に、マイナスから入ってプラスに変わっていく、そして終わったあとに『またやりたいね』と言われることのおもしろさまで、知ることができました
そういうお仕事をする中で、材料費からギャランティのことまできちっと把握する大切さも学びました。発生するギャランティが、自分の仕事への評価だと実感したんですね。お金のことって、なんとなく言いづらいというか、気恥ずかしいところがあるけれども、その辺りを広告仕事で揉まれて、私は経験のひとつとしてすごくよかったと思っています。
 広告の仕事にひきこまれてどっぷりと4~5年やりました」

→ vol.02に続きます!

INFORMATION

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『私の好きな料理の本』 著:高橋みどり
新潮社|¥1,890

たかはし・みどり/1957年東京都生まれ。フードスタイリスト。女子美術大学短期大学部で陶芸を専攻後、テキスタイルを学ぶ。大橋歩事務所のスタッフ、ケータリング活動を経て1987年フリーに。おもに料理本のスタイリングを手がける。日常に溶け込みながらも、彩りをそえるスタイリングは年齢・男女問わず人気を集めている。著書に『うちの器』(メディアファクトリー)、『伝言レシピ』(マガジンハウス)、『ヨーガンレールの社員食堂』(PHP研究所)、共著に『毎日つかう漆のうつわ』『沢村貞子の献立日記』(ともに新潮社とんぼの本)など多数。