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『私の好きな料理の本』発刊記念トークイベント  食いしん坊スタイリスト・高橋みどりの「私の仕事」Vol.02

『私の好きな料理の本』発刊記念トークイベント  食いしん坊スタイリスト・高橋みどりの「私の仕事」Vol.01はこちらから

REPORT

『私の好きな料理の本』発刊記念トークイベント  食いしん坊スタイリスト・高橋みどりの「私の仕事」Vol.02

初めての長期休暇 自分のベースを教えてくれた病気

「37~8歳ぐらいまで、広告の仕事は順調で、期待もたくさんいただいて日々充実していました。でも、約2年間休みが1日もなく働き詰めだった。すごく充実しているはずなのに、ある日家に帰ると、涙が止まらなくなってしまったんです。家の中にぽつんといるとたまらなく不安になって何かが自分の中で空白になってしまっていた。よくよく考えてみると、昔大橋さんに『あなたは、仕事をばりばりやるのではなくて、普通の奥さんが向いているわ』と言われたことがあった。すごく若い時に言われたので、その時は『私には才能がないって言われているんだ!』と思っていましたが、今思うとすごくいい意味で言ってくださったんですよね。私にはちゃんと日常の暮らしがあること、普通に生活があること、それが自分の中のベースになっている。そんな私を大橋さんは見てくださっていた。もともと、そういうベースをもっていたからこそ仕事をやってこれていたんですよね。
 そうして休みなく広告の仕事を続けていたある日、ストレスや不安が原因で、メニエール病になってしまったんです。それで仕事を一旦休んで、高知の友人のところに一ヶ月間行きました。四万十川沿いを走る列車の中でふと気づいたんですが、目の前がぐらぐらしていなかった。車窓にうつる顔をみると、ひとりでにっこり笑っていた(笑)。高知へ向かったその日からめまいがいっさいなくなっちゃったんです。本当にわかりやすい(笑)。休暇を過ごす中で、『ああこれで、広告の仕事はもう卒業して来年から大好きだった料理の本だけをやろう』と自然に思えました。スッと切り替えられたのは病気のおかげと、やるだけやったという気持ちがあったからでしょうかね。
 充分休養をとった後、出版の仕事に戻りました。最初に仕事を始めた年齢も遅かったので、復帰後はもう主婦向けの実用誌を沢山やるほど機敏ではなかった(笑)。本全体の流れやストーリー性を考えることが好きだったので、それができる単行本の仕事を多くさせていただくようになりました」

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自分の個性を見せるのではなく、"料理は人"から生まれるスタイリング

「この仕事を始めた頃は、"スタイリストとしての仕事を見てほしい"という気持ちもあり、個性を出す、自分らしさをという思いが強かったんですね。でもいろいろと経験を重ねるうちに、だんだんと最初の頃に手がけた料理本が美味しそうに見えないなと思うようになったんです。スタイリングで、著者の方(料理家や料理人)に自分好み中心のアイテムを薦めて使うことにも矛盾を感じていたし、そうして"自分"をみせるよりも著者それぞれの色を引きだしたい、そのことでより料理も美味しそうにみせたいと思うようになった。有元葉子さん、高山なおみさん、長尾智子さんなど、それぞれの方にスタイリングで私が使う布は、その人の"らしさ"なんです。あくまでも私の中で思うことですが、例えば、この有元さんの料理には、アイロンがピシッとかかった細い糸の番手の良質なクロスが似合うかなとか、高山さんだったら、洗いざらしで太陽のにおいのするザラッとした布が似合うかなとか、お皿がちょっと欠けていても"美味しい"につながるかなとか――質感や糸の細さとか柄の選び方、色の褪せ方ひとつでもその人らしさが表現できると思う。私は"スタイリング"とはそういうことだと思っているんです。
 シェフや料理研究家、いろいろなつくり手の方がいらっしゃいますが、やっぱり料理は人だなと思います。さっきの例のようにその方を観察して、それぞれの個性に合わせてスタイリングを考えることが好きです。面倒くさいこともあるけれど、人と関わっていくことが好き、というのが私の仕事のベースにあります。それが自分がこの仕事に向いている理由なのかもしれません。
著者がまず自分の本を喜んでくださるように、またお金を払って本を買ってくださった人に『失敗した!』って思われないような、何度も読み返したくなる本を作りたいと思っています」

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歳を重ね、経験を重ねて 自分らしい"スタイリスト"になる

「実は、ずっとスタイリストという仕事を、アルバイトだと思っていました(笑)。美術を勉強していた時に、無いところから新たなデザインや形を生むことは向いていないと自覚しました。アーティストコンプレックスとでも言いましょうか......。でもスタイリストという仕事を続けていくうちに、作家の方が作った作品を選び使わせてもらって、食の世界を作るという積み重ねが、これもひとつのクリエイティブなことと思えるようになりました。そしてスタイリストという仕事に胸をはれるようになったんです。
今年55歳になって、いただくお仕事も責任のある、自分がこれまで高めてきたことを必要とされるような内容になってきました。トークショーにしても自分のことを語るってどうなの?と思っていたんですけど(笑)、今なら、自分のやってきたこと、等身大のことならお話できると思い、お引き受けしました。そういう年齢になったのであれば、ちゃんとお答えしよう、という姿勢です。
 今回出版した『私の好きな料理の本』は、古い料理本を読み込んで、料理も実際につくってという『芸術新潮』の連載をまとめた本なのですが、「スタイリストという仕事って何なんだろう?」と思いながらずっとやってきた自分が、これからも納得して仕事をしていくための確認のプロセスで生れた本だったと思っています。これより少し前に出版したとんぼの本の『沢村貞子の献立日記』(新潮社)でも、沢村貞子さんの「献立日記」を読み込んでいく作業をしたのですが、ただ献立だけが書いてあるのかと思いきや、やっぱりベースに沢村さんご自身の生き方が見えてくる。昔の料理本にはそういう様々なおもしろさがたくさんあると思うんです。だから、この昔の料理の本をめぐる旅はまだこれからも続いていくと思います。
 私は子育てをしているわけでもなく、すごく生活に追われているわけでもないので、こんなに勝手なことが言えるのかも知れないけれど、料理は時として気分転換にもなるし、今晩、なにか美味しいものを作ろうと思うだけで、その日の楽しい目標ができて、生きていける。そして私たちは食べなければ生きてゆけないのなら、せっかくならばおいしく楽しく食べたいと思っています。料理本を通して、そのお手伝いやきっかけ作りをしたいなと思っているんです」

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――最後に、この日集まってくださったみなさんから高橋さんへ質問をご紹介します。

お客さん 高橋さんのスタイリングがすごく好きなのですが、一緒にお仕事をしてきたカメラマンで印象的な方はいらっしゃいますか?

「料理本がブームになった時に、日置武晴さんとはコンビのように仕事をしていました。それはそれでやりやすい部分もたくさんありましたし、マンネリにならぬようにという努力もしてきました。もう長年のつきあいになりますが、食へ向かうエネルギーはピカイチだと思います。広告の仕事をしていた時も沢山の方とやらせてもらいました。生意気な頃は仕事の依頼をいただくと『カメラマンは誰ですか?』と聞いたりもしました(笑)。
そういう時期を越え、たくさんの経験をして、料理本をいくつも生み出していくなかで、現在『ku:nel』のADもされている有山達也さんと仕事を組む機会が多くなりました。有山さんは料理のページでもむしろ料理畑ではないカメラマンと組ませてくれる。それは私にとってすごく新鮮な、いい経験で、気付いたらもうカメラマンは誰でもOKな気持ちになっていました。人間同士、話し合いができれば同じ方向へ持ってゆけると思います。そして予定調和ではないおもしろさを求めてゆく。怖いけど楽しい、みたいな現場が好きなんです。自分じゃ思ってもいなかった守りに入っているようなところを、ブチ壊されるおもしろさがあるから、それは、自分自身が年を重ねるほどにチャレンジしていったほうがいいことだなあと思っています。 
 なので、一緒に組むカメラマンはどなたでもいいと言えるのですが、ただ、食べることは好きであっていてほしいと思っています。その人自身が表現できる美味しさを求めて撮ってもらったほうがおもしろいんじゃないかなと思うんです。この美味しさを撮りたい!と思った瞬間を撮ってもらえればいい。例えばアイスクリームもちょっと溶けたくらいが美味しいと思うのであれば、そういうアイスクリームを撮ってほしい。
一緒に仕事をしている時の雰囲気やお互いの共通認識というのを大切にして、この人とだからこそ、やれるやり方で、どんどん撮っていってもらいたいです」

お客さん 高橋さんは、ご自分で料理もされるると思いますが、料理家と違うところはどこでしょうか?

「料理家は、プロフェッショナルですからクリエイティブな自分だけの料理を作ります。私は、もちろん日々の自分の食べるものはごく普通に作りますが、オリジナリティのある料理を考えることはできない――というのを言葉を換えて"私は料理下手"と言ってしまうのですが――あくまで料理作りは素人です。だからこそせめて、基本のごはんやお味噌汁はとびっきりおいしく作りたいと思っています。そして何か新しいものをと思った時に料理本が必要なんです。あくまで私はスタイリストであって、おいしそうに演出はできるけれど、おいしいものを作る役割ではないんです」

お客さん 私は食の仕事に携わっているのですが、師匠に言われることは得意なもののスペシャリストになれということ。高橋さんが突き詰めてきた料理のジャンルはありますか?

「この仕事を始めた時、食が好きで食の仕事に携わっている周りの方は、みんな必ずといって言いほどフランス周辺に行っていました。でも私はニューヨークが好きだったんです(笑)。学生の時にヨーロッパに行ったことはあったけれど、アメリカのほうが好きでした。パリは年をとっても行けるわ、という気分でしたね(笑)。フランスに行って仕事仲間と三ツ星レストランに行った時の感動って何も憶えていないんですよね(笑)。
 私は、食べることは好きだけど、多分グルメではないんです。日々、普通のものを自分なりに食べていれば、幸せだなと思える。ただ、まずいものよりはおいしいものを食べたい。そして、どのジャンルの料理にしても、一定のレベルを越えた完成度のあるもの、きちんと作り手の愛情を感じるものをおいしいと思います。ジャンルというよりそういう姿勢をしっかり感じるものが好きです」

INFORMATION

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『私の好きな料理の本』 著:高橋みどり
新潮社|¥1,890

たかはし・みどり/1957年東京都生まれ。フードスタイリスト。女子美術大学短期大学部で陶芸を専攻後、テキスタイルを学ぶ。大橋歩事務所のスタッフ、ケータリング活動を経て1987年フリーに。おもに料理本のスタイリングを手がける。日常に溶け込みながらも、彩りをそえるスタイリングは年齢・男女問わず人気を集めている。著書に『うちの器』(メディアファクトリー)、『伝言レシピ』(マガジンハウス)、『ヨーガンレールの社員食堂』(PHP研究所)、共著に『毎日つかう漆のうつわ』『沢村貞子の献立日記』(ともに新潮社とんぼの本)など多数。