vol.01魔利(まり)の貧乏、キキの貧乏
文:工藤キキ
ロゴ:石黒景太
「魔利は上に『赤』の字がつく程度に貧乏なのだが、それでいて魔利は貧乏臭さというものを、心から嫌っている」――森茉莉『贅沢貧乏』より
森茉莉のようなケタ違いのお嬢様上がりと比べるのはおこがましい話だが、キキも気持ちだけは同じである。
心優しい友人たちが誘ってくれる豪華なパーティーや、かつてまいていた名刺(いまはない。住所が変わり、作り替えようと思い立っても、お抱えのデザイナーが忙しく、またデザインにこだわっていると、新しい名刺を手にする日は遠い)が、東京に数あるPR 会社などの情報交換の海原に溺れ、キキの住所が気紛れに浮上し、縁遠いブランドや美術館からパーティーの招待状が届くこともある。
そんなときは、ここ15年のあいだクローゼットに蓄積してきた、とびっきりの珍奇な洋服たち(特に習作が落ちているサンプルセールは、未完成だからこそブッ飛んだ洋服に出会う率が高い。そしてたいがいが安値である。そして誰も手を出さない古着にも目がない)と、大ぶりのアクセサリーが入り乱れた独特のコーディネイト(言ってみれば、最先端のファッションとは対極または背中合わせである)で、毎シーズンしっかりファッションにお金をつぎ込む敬虔な友人たちと連れ立ち月に数回はシャンペンなどを呑み惚けている。
しかし限られた友人しか知らないが、たいていが財布には交通費程度の小銭しか入っておらず四十を手前にしていまだ街をほっつき歩く時間があるので、多忙を極めているような顔をしながら1日にギャラリーを5~6軒回る日もあれば、ネットサーフィンに明け暮れ、寝そべりピーナッツをかじりながら本を読み、暇をいいことにあれやこれやと思いを巡らしているおかげで、鉄下駄のようなプラットフォームシューズで動きがスローな友人たちが目もくれないような話題を知っていることが時に重宝され、財布の中身を忘れパーティーで酩酊している有様だ。
友人たちが驚いた話題のひとつに、キキは、ねば塾製のパームヴァージン油を原料にした無添加の真っ白な固形石鹸「白雪の詩」で髪を洗い、お湯に溶いた「ミツカン酢」をリンス代わりにして6年の月日がたとうとしている。これは界面活性剤入りのシャンプーをやめると癖毛が直るというのをネットで知り、愛読書の一冊であった『クロワッサン』で消費アドバイザーの先生がお酢リンスをすすめていたのを同時期に発見したので、両方を試してみた。石鹸でアルカリ性になった髪にお酢で酸を注入することでバランスをとるものだ。お酢の最安値は100円程度。月に1本のペースで消費している。石鹸は2個で262円程度。3カ月は事足りる。
ねば塾の石鹸は、東急ハンズ渋谷店で購入。ミツカン酢はどこにでも。ちなみに不意に行くことになる健康ランドには、コンビニでゲットした紙パックの黒酢を風呂場に持ち込んでいる。
あまりにも安価に済み信じ難いかもしれないが、2週間程度、界面活性剤が髪からはがれるようなベタベタした感じを我慢できれば、手ごわい癖は消え、豊かなヴォリュームと黒々した髪には、お酢の匂いも残らない。いまのところキキに白髪はない(これはまた別の話かもしれない。脳みその問題ともいえる)。啓蒙などしているわけではないが、すでに友人2人が石鹸シャンプーお酢リンスに変えている。経済的に困窮しているわけではない。その効果に魅了されたというのはいうまでもない。もちろんキキもであるが、いつ多くの友人に赤貧がバレるか内心ドキドキしている。
くどう・きき/主にアートを媒介としたカルチャー・コラムの執筆や展覧会のキュレーションなどを手がける。著書に美術批評集『Post No Future 未分化のアートピア』(河出書房新社)など。隔月でART ZINE 『LET DOWN』もリリース。http://www.letdownmag.blogspot.com/ そんなわけで、次回から貧乏だけど志だけは少し高い生活臭を紹介していきたいと思います。よろしくお願いします。