工藤キキの貧乏サヴァラン

vol.15キキちゃん、心の洗濯は320円

文:工藤キキ
ロゴ:石黒景太

「魔利が小説を書く目的は何かというと、自分の中に書きたいものがあるなぞと、意味ありげに言ったが、全くのところはそれは馬鹿げたものである。つまりいきな、野暮ではない感覚、きれいで、凄みのある恋愛である。現実世界の野暮な、厚ぼったさ、野蛮さ、恋愛的なものの穢さが、魔利には見るに堪えないが、眼を開いている以上は見ない訳に行かない。そういうものを、せめて小説の中では、根こそぎ追放して、小説の中でだけ、気分よく生きたい、というのが魔利の念願である」
----森茉莉『贅沢貧乏』所収「紅い空の朝から...」


 そんな魔利が全身小説家ならば、キキなど全身与太郎だろう。物書きの端くれではあるが、微々たる仕事を、考えてるんだからんを言い訳に、校了の一歩手前まで締め切りをもったいぶったところで、滑り込みセーフ。毎度の綱渡りぶりに、さも、あたし毎月何十本も連載を抱えている売れっ子さんなのでは?と錯覚すらおぼえるキキであるが、キキとて残高を見ればそれが錯覚なのはわかっている。とはいえ言わせてもらうと、現在は右も左もわからぬ街にいるキキにとって、日々の生活自体がまるで労働のようでもある。ちょっと夕飯の買物、ちょっと郵便局に行くだけでも、道に迷い、言葉に迷い、何かにつけて、なかなかスムーズにいかず気がつくと日没。そんなわけで、当連載でも書いたことがあるのでお見知りおきの方もいるかと思うが、キキは洗濯物を畳むのが大嫌いであるのだが、この街にはすばらしいシステムが存在するのであった。それは“ドロップ・オフ”(洗濯から畳むまでやってくれる)。

 一般的な家にはほとんど洗濯機がないニューヨークではランドロマットと呼ばれるコインランドリーに通って自分で洗うか、ドライクリーニング屋に洗濯物を持っていって洗ってもらう、餅は餅屋のシステムが細かく存在するのであった。キキの統計によると、ランドロマットを経営しているのはチャイニーズ、洗濯物を畳むのが巧いのか?ドライクリーニングはコリアン、あと関係ないけどナースはフィリピーナ、ベビーシッターはカリビアン、やさしい人が多いみたい?そしてなぜか、文房具屋とデリはインド人が多いそうです......というのはさて置き、洗濯もね、その値段の差が実に3~5ドルぐらいなのだ。量にもよるけど、女ひとり1週間や10日分、自分でやると3ドル、ドロップ・オフが7ドル。4ドル足すだけでヘブン......しかもドロップ・オフは近ければデリバリーもしてくれるのだ。4ドル、それはだいたい320円......確か吉野家の朝定と同じくらいだったかしらん。

 そう、私も貧乏サヴァラン、一食ぐらい食べなくたって、現実世界の野暮を根こそぎ追放し、気分よく生きたいと思うキキなのであった......が、洗濯物を畳むのをそこまで嫌わなくてもいいのにね......。

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キキのようにブーたれ顔で洗濯物を畳むのだったら、まるでアート作品(写真参照)のように立派に畳みあげる方におまかせしたほうが......。これがまた好きなんだ。



PROFILE


くどう・きき/工藤キキ/アートライター。主にアートを媒介としたカルチャー・コラムの執筆や展覧会のキュレーションなどを手掛ける。著書に美術批評集「Post No Future 未分化のあーとびあ」(河出書房新社)など。んなわけでベースをNYに移しても変わらず貧乏だけど志しだけは少し高い生活臭を紹介していきたいと思います。Nylon JapanのブログではNYのアート情報を紹介してます。www.nylon.jp/blog.html よろしくお願いします。


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