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REVIEW

ART for the Earth No.22

文:上條桂子 写真:江原隆司

クサナギシンペイ
「水と水が出会うところ」

日常、その界隈にすべての世界がある。

画家・クサナギシンペイの個展「水と水が出会うところ」が、京都のタカ・イシイギャラリーで開催されている。目線の高さ、等間隔で一列に並べられた絵は、5年間、毎月継続して描かれた「清澄界隈」の風景。種を明かすと、これらの絵は雑誌『エクラ』(集英社刊)で連載されていた宮本輝の小説「みずのかたち」の挿画として描かれたものなのだが、その小説とこの絵の関係は、ここではさほど重要ではない。なぜならば、ここに描かれた風景の数々は、ひとつの小説だけではなく、さまざまな世界への接続口になっているからだ。

クサナギさんは小説の装幀の仕事が多い。通常であれば、原稿をすべて読んだ上でその物語にふさわしいシーンを選んだりモチーフを抜き出したりして、本の顔となる装幀画を描く。しかし、今回の連載では、初回の原稿のみに目を通し、それからは原稿を読まずに絵を描いていったのだという。

「清澄白河周辺の話であるということは編集者から聞かされていましたが、スケジュールの都合などもあって、結果的に読めなかった。普段の仕事では原稿を読まずに絵を描くことは本当に珍しいんだけど、いまはそれが逆によかったなと思っています。舞台も、実は清澄白河じゃなくて門前仲町だったんです。途中で気付いてたんだけど、それくらいの微妙な距離感、繋がっていないようで、繋がっているような感じがいいと思ったので、そのまま清澄界隈の絵を描きました」

椿の赤い花びら、線香花火、コンクリートの隙間から生えてきたタンポポ、ビルの間にかかった虹、誰かの庭の百合の花......。視点は空へ地面へと移り変わっていく。時折出てくるスカイツリーや橋や高いビルなどもあるし、場所を知っている人は東京の下町だとピンとくるだろうが、知らなければ自分の家の近所だと思うかもしれない。

その風景の断片は文章と重なった時に、違う意味をもたらすようになる。主人公が見たかもしれない風景、登場人物がふと気に留めたであろう花々といったように。だが文章を読んでいない私たちにとってその風景は、また違った意味を持つ。

そして、会場中央にある大きな絵画。これもひとつの風景である。

展示は雑誌連載の時と同じ順番で、そこには1本のリニアな時間が流れており、花や空などを見ると時間の経過が見て取れる。その雑誌の連載で描いていた絵と、中央にある大きな抽象画は等価に描かれていることがわかる。その抽象的な絵画の中には、いろんな東京の風景が確かに存在する。それは小さく描かれた風景の断片が見る人によって変わっていくように、見る人の心の中にある風景の姿をあぶり出すスイッチになる。

具象と抽象、手法は違うかもしれないが、やりたいことは同じだとクサナギさんはいうが、それは彼の文章にも当てはまる。今回、画文集となる『清澄界隈』という書籍を出版したが、そこに掲載されている文章も絵と同じような作用を持っているのだ。これは、ブログに掲載していた文章に加筆しした随筆である。文章を読んでいると、日常の徒然から広がっていく想像の世界に、何がフィクションで何がノンフィクションなのかもよくわからなくなってくる。

「ないものにとりつかれ、あるものに目がゆかず、ここにいるにも関わらずここにない景色をみようとする僕自身もまた、半分はもうここにはいないのかもしれない。記憶の中の景色は脳裏にはっきりと焼き付いているようで、しかし細部に目を凝らせば輪郭がとたんにぼやけて漠然となり、じきにそんなものが本当に存在したのかどうかさえ確信が持てなくなる。証拠もなければ痕跡もない。じきに記憶を共有する者が一人消え、二人消え、やがて自分以外に誰もいなくなったとき、その記憶は記憶ではなくただの夢となって、現と交じり合い解け合う狭間で僕は静かに狂ってゆくに違いない。見知った建物が潰れる度に、更地になった土地を眺めればいつだってそんな想いに囚われた。」
(「記憶と視点 失われてしまったものと これから失われてしまうであろうものたちについて」より)

時間を巻き戻したり、想像の世界へと飛んでいくスイッチは日常の至るところに潜んでいる。過去を想起するのは古い写真だけではない。他人が持っているものから違う場所に飛んでいく場合だってある。行ったこともない街の風景が、すごく懐かしい風景に感じられることだってあるだろう。クサナギさんが描く絵や文章は、そうした記憶(あるいは想像)のスイッチを押してくれるのだ。

「僕にはフィクションは作れない」とクサナギさんは言う。『清澄界隈』は確かにフィクションではないのかもしれない、だがそこに描かれている、ひとつひとつの小さな出来事──実際に起きた出来事だったりその時に彼が考えていたことなのだろうが、には果てしない物語がある。ああ、そうか。物語は日常にあるのだな。それは当たり前のことなのかもしれないけれど、クサナギさんの絵や言葉を通り抜けると、そこから先に出たところにある世界は、明らかにいままでとは違っている。身の回りにある何でもないものが輝き始め、そこかしこに新しい世界への入り口が登場する。なんていうと大げさかもしれないけれども。世界はとても小さな物事の寄せ集めでできている。その小さなことに気づく、気づくとは世界が変わるということなんだと、会場を後にした。

PROFILE

クサナギシンペイ

1973年東京生まれ。2002年に第19回ザ・チョイス年度大賞受賞。2011年「VOCA展」(上野の森美術館、グループ展)、Project N 45「クサナギシンペイ」(オペラシティアートギャラリー、個展)、2012年「水と水が出会うところ」(タカ・イシイギャラリー、個展)等。www.tis-home.com/shimpei-kusanagi

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『清澄界隈』 
著:クサナギシンペイ
求龍堂 ¥3,150

ART for the Earth No.22

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INFORMATION

クサナギシンペイ 「水と水とが出会うところ」

会期: 2013年1月25日(金)〜3月9日(土)
会場: タカ・イシイギャラリー京都(京都府京都市下京区西側町483番地)
TEL: 075-353-9807
営業時間: 11:00〜19:00
定休日: 日・月・祝祭日
WEB: www.takaishiigallery.com/jp/exhibitions/kyoto