Photographer:Terri Loewenthal Text:Saki Kusafuka
Cooperation:Yukako Ezoe and Naoki Onodera(Bahama Kangaroo)
REPORT
山の上に家を建てるワークショップ
ユカイア・ハウスプロジェクト
カリフォルニア北西部、サンフランシスコから約100マイル離れたユカイアの山で、毎週、アーティストを中心に様々な人たちが集まり、日本家屋を建てるというワークショップが行われている。本誌63号「TINY HOME」特集(P.49〜)取材のために編集部がこの場所を訪れたのは、今から3年前のこと。「小屋を建てるっていう初めての経験をみんなでシェアしていくプロセスの中で、一体何が起こっていくのか、そこが一番の楽しみ」と、プロジェクトを主催するデイヴィッド・ウィルソンは本誌の中で話している。
プロジェクトのスタートから5年の歳月を経て、完成を迎えた1軒の小屋。その完成までのプロセスを、デイヴィッドとともにプロジェクトを主催するアーティストのジェシー・シュレシンガーと、この土地の持ち主でバークレー美術館ディレクターのラリー・リンダーに聞いた。
▲木と木をつなぎ、家の骨組みをするジェシー。写真は、3年前に行われた小屋の組み立ての様子。
ハウスプロジェクトの始まり
ジェシー カリフォルニア美術工芸大学の卒業プロジェクトとしてつくった小屋の展示に、バークレー美術館でディレクターをするラリーが見に来てくれたことが彼と知り合ったきっかけ。ラリーは、その頃からユカイアにある彼の土地で教室を始めたいというビジョンを持っていたんだ。1933年、ノースカロライナ州に設立された「ブラック・マウンテン・カレッジ」という芸術学校があった。そこは、ジョン・ケイジやバックミンスター・フラーなどのアーティストたちが講師になり、彼ら自身もまた、数々の作品を創作したという場所。そんな学校が今はどこにもないから、そういうことをやってみたいとずっと思っていた。「それなら一緒にユカイアで教室をつくろう」。ラリーとそう話をしていた頃、日本で宮大工をしていた建築家、ポールと出会ったんだ。日本家屋を建てるこのハウスプロジェクトの始まりだったよ。
▲ワークショップの講師、ポールに教わりながら手でサイズを測る様子。アメリカの単位「インチ」ではなく、すべて日本の単位「センチ」によって寸法されている。(Photo by Colter Jacobsen)
ジェシー 週に1度のワークショップには、大工経験のない12人の生徒が集まった。初回はサンフランシスコにある専門学校の図書館で、2年目以降はオークランドにあるポールのスタジオでクラスを行っていたんだ。紙の上に描いた図面は、四角と十字架だけ。プロジェクトを始めたばかりの頃は、それが一体何になるのか見当もつかなかったよ。
▲小屋の土壁に使われた赤い土は、ユカイアで採れる粘土。壁の下地に使われた竹はプロジェクトに携わるメンバーの土地から集め、使われなくなった鶏小屋を解体した廃材が屋根の材料に。小屋のために購入したものは、窓ガラスと屋根瓦(かわら)のみという筋金入りのサステナブルハウス。
ジェシー 小屋の床に使われたのは、オークランドで探してきた1本のパインツリー。自分たちの手で1つ1つカットして、ポールのスタジオからユカイアの山へ運んだんだ。その板を小屋の土台の上に並べていくんだけど、すべて計算通り、土台のサイズにハマったことが本当に嬉しかった! 週末、このワークショップのために大勢の人たちがユカイアに集まっていたから、もしそこでサイズが間違っていたら......。サイズがぴったり合った瞬間、すごく安心したんだよ。
▲床になる板の木目は家の中央から鏡合わせになるよう並べられている。右側の書斎と左側の寝室、そして居間の3部屋。室内に射し込む自然光が心地よい。(Bottom photo by Jesse Schlesinger)
初めて建てる日本家屋、そのデザインの発想
ラリー 家のデザインは、自然に生まれていったんだ。あらかじめ考えた図面は四角だけで、ポールの頭の中にだけ家のイメージがあった。例えば、どの位置に窓を取り付けるかの提案に対して、日本家屋に合うかをポールがジャッジして、それが実際に可能かどうかみんなで判断をする。そんなやりとりをしながら、書斎の窓は本棚に沿うよう縦長に、寝室の窓は横たわる体に沿うよう横長に取り付けられたんだ。実は、この日本家屋づくりを教えてくれたポールが、宮大工のワークショップを行うのもこのプロジェクトが初めてのこと。つまり、"家を建てる"ということは、このプロジェクトに関わるみんなにとって初めての体験だったんだよ。
▲小屋を建てる前に行われた、土地の神に工事の無事をお祈りをする地鎮祭の様子。手前がラリー。
ハウスプロジェクトの参加者は全部で100人以上
ジェシー たくさんの人たちがユカイアの山に集まって、このハウスプロジェクトに関わったことが何よりも嬉しかった。大抵の建物は少数人数でできてしまうけど、この小屋は、5年間で100人以上の人の手に触れられてできたもの。すごく嬉しいことだったよ。
ユカイアの風景(Drawing by David Wilson)
これからのワークショップ
ラリー ユカイアでの教室はすでに始まっているんだよ。この小屋づくりをはじめ、庭にあるパンを焼く石窯やダイニングセッションをつくったのもワークショップ。3年前、ここで小屋を組み立てた時に、さまざまなアーティストを集めて、窓フレームを使うはた織りや、植物を使う染色、凧づくりなどのワークショップを行ったんだ。それをオーガナイズしたのが、このプロジェクトを主催するアーティストのデイヴィッド(写真上が彼の作品)。
▲左:ワークショップでつくった石窯。西海岸を代表するレストラン「シェ・パニース」のシェフたちがここで調理したことも。右:手づくりのホットタブ(風呂桶)に大喜びの子どもたち。
ラリー 昨年は、バークレー美術館でワークショップを行ったんだ。その時は、本格的なはた織りや、オーガニックでつくられたインディゴの染色、そのほかにも、プリントメイキング部門、ファブリック部門、音楽部門、セラミック部門......。毎日、様々なアーティストがスタジオのように美術館でワークショップを行う。それと同じようなことを、これからもこのユカイアで続けていきたい。できるのなら、月に1度のペースで教室を開きたいんだ。
▲左:窓フレームを使ったはた織りのワークショップ。右:取材協力をしてくれたアーティスト、江副友佳子と小野寺直毅が所属するNPO団体「IATA」の静岡・浜松凧をつくるワークショップ。
自然体のままに話す彼らのDIY精神によって形づくられた1軒の日本家屋。そして、未来へと続いていくワークショップ。それは、緑に恵まれたユカイアの土地だからこそ、自然と向き合い育まれていくアイデアなのかもしれない。
(Photo by ecocolo)
PROFILE
ジェシー・シュレシンガー(Jesse Schlesinger)/彫刻や建築を中心に、木材や繊維など、自然のモチーフを使った様々なインスタレーションをするアーティスト。伝統的なクラフトマンシップにこだわりを持った大工の父と、オーガニックファームの傍らで育った生い立ちは、自身の作品に多大な影響を与えている。カリフォルニアをベースに多数のエキシビジョンや各誌で活躍するほか、サンフランシスコにあるベーカリー「タルティーンベーカリー&カフェ」のレストラン「Bar Tartine」の内装を手がけている。www.jesseschlesinger.com
ラリー・リンダー(Larry Rinder)/バークレー美術館パシフィックフィルム・アーカイヴのディレクター、キュレーター。過去に、ホイットニー美術館の展覧会『The American Effect』、『ホイットニービエンナーレ2002』、『Tim Hawkinson』などのオーガナイズを務める。2005年には、批評を活性化するための機関「International Association of Art Critics」により与えられる、ニューヨークの美術館で開催されたモノグラフィック・エキシビジョンにおけるベストアワードを受賞。アメリカ国内で数多くのエキシビジョンに携わる。