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墨田区で愛され続ける天然温泉「御谷湯」<br>"人にやさしい"福祉型銭湯として再出発

本誌『ecocolo』65号「感覚の女」特集では、アルゼンチンのデザインユニット「メフンヘ」の別府温泉紀行をはじめ、長湯温泉(大分県)や、地獄温泉(熊本県)、妙見温泉(鹿児島県)などを巡る企画「九州ぬる湯めぐり」を紹介しています。温泉好きは要チェック!

写真:渡邉まり子 文:中野由佳

REPORT

墨田区で愛され続ける天然温泉「御谷湯」
"人にやさしい"福祉型銭湯として再出発

「いい湯だな〜」。日本人なら誰しもが味わったことのあるこの感覚。時には銭湯でゆったりと休息の時間を過ごす。そんな古きよき日本文化を忘れがちな人も多いのではないでしょうか? 銭湯離れがささやかれる一方、その魅力を広くアピールすることを目的とした活動を行う〈銭湯振興舎〉は、銭湯を会場にライブやトークショーを実施する『湯フェス』を不定期で企画。地元の人、銭湯マニア、音楽ファンなど、銭湯を通じて多くの人が集う場所づくりを続けています。
約1年間の改装期間を経て、5階建ての福祉型温泉施設にリニューアルオープンした「御谷湯(みこくゆ)」(東京都墨田区)では、5月23日に営業再開を記念して「みこく湯まつり」が開催されました。銭湯文化の象徴とも言える富士山絵の筆入れや人気バンドのライブが行われるということで、150人定員の予約チケットは即完売。当日はオープンと同時に賑わいを見せました。

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▲ペンキ絵師の丸山清人さん。79歳となった今も現役の職人。

御谷湯の設計を手がけたのは、〈銭湯振興舎〉のメンバーであり、数々の銭湯建築で知られる建築家・今井健太郎さん。ペンキ絵やモザイクタイルなど、伝統的な銭湯デザインを残しながら、浴場に光を誘導する中庭を加えるなど、和の空間をモダンに磨き上げました。イベント当日、5階の浴場では、日本に3人しかいないペンキ絵師のひとり、丸山清人さんが富士絵をライブペインティング。葛飾北斎の浮世絵をモチーフに描かれる巨大富士絵は、北斎が愛した紺青も使用され、作業が進むにつれどんどんダイナミックさを増してゆきます。同時進行で各フロアでは〈NRQ〉や〈片想い〉など、東京インディーズシーンで個性を光らせるバンドやDJたちがパフォーマンスを披露。脈々と受け継がれてきた文化と東京の今の空気感が融合した、粋な空間が出現しました。

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▲左上:下町の情緒の残る墨田区は、都内で最も銭湯の多い"銭湯の聖地"。左下:壁画のベースとなった葛飾北斎の浮世絵。北斎は墨田区で生まれたと言われており、両国駅前には現在「すみだ北斎美術館」が開館準備中。右上:5階の浴場がライブのメインステージに。右下:1階では弾き語りライブも行われました。

富士絵の仕上がり間近にステージに登場した〈片想い〉は、御谷湯の若旦那である片岡シンさんがフロントマンをつとめる、人気バンド。基本のバンド編成に加え、ホーン隊のいる厚みのある演奏が特徴ですが、それぞれの楽器のハーモニーが高い天井に心地よく響き、まるで温泉に浸かっているかのように会場をじっくりと温めます。曲の合間にコントのような寸劇で爆笑を誘っては、ソウルフルなナンバーでビシッと決める〈片想い〉。代表曲『Daily Disco』では、「いい日だな!」というフレーズを「いい湯だな!」に置きかえ、大合唱。バンドと観客の一体感はもちろん、黙々と絵を描き続ける丸山さんにもそのグルーヴが乗り移り、筆さばきもリズムアップしたように感じられました。

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ここからは、御谷湯の魅力をさらにご紹介します。御谷湯は、1947年の創業から天然温泉の源泉「黒湯」を利用。「黒湯」は古生代に埋もれた草や木の葉の有機質成分であるフミン酸が地下水に溶け込むことによりできた天然温泉で、独特の黒褐色が特徴です。フミン酸の効果で体の芯まで温めてくれるので、湯冷めをしにくいとも言われています。これまでの1階建ての昭和漂う建物にも多くのファンがいましたが、今回のリニューアルを経て、5階建てのビルに大変身。4、5階を公衆浴場とし、番台や休憩スペースのある1階には障がい者用家族風呂を設営した、バリアフリーの福祉型銭湯に生まれ変わりました。このような新たな試みを、片岡さんはこう語ります。
「御谷湯は、これまでも"人にやさしい銭湯"でありたいということを考えていました。ですから、リニューアルするうえで福祉的な視点でのデザインを導入したかった。2階にはNPO法人が運営する、障がい者就労支援施設がテナントで入っていて、御谷湯の掃除を手伝ってもらっています。浴場を使ってウォーキング教室や体操教室を開催していますが、そういったデイサービスの門戸をより広げていきたいですね。常連さんにとっては日常の場所。初めて来てくださったお客さんにとっては非日常の場所。その異なる感覚が混在して、交流が生まれるというのが面白い。そういったことが御谷湯の日常の風景になるといいなと思います」

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▲上:高齢者や要介護者を対象とした家族風呂は、愛知県の福祉宿泊施設の浴場を参考にデザイン。介助者の動線も考慮されたつくりに。下:黒を基調とした落ち着いた空間が広がる4階の浴場。

湯上がりに寛げる1階の休憩スペースでひと際存在感を発揮するのは、御谷湯で長年時を刻んできた、経年変化の美しい古時計。「古いものの中に紛れていた時より、この場所にあった方が時計のよさをより感じるようになりました」と語る片岡さん。ひと世代築いてきたものを次世代へと繋ぐこと。そして、時代に合った新しいアイディアを紡ぐこと。福祉的な視点を積極的に取り入れながら"人にやさしい"場所づくりを具現化した御谷湯が、東京の街の新たなランドマークになりつつあることを実感する一日でした。

御谷湯では浴場部分を使用したデイサービス事業に参入する企業や施設を随時募集しています。詳しくは、HPからのメール、もしくは直接お問い合わせください。

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▲左上:美しいモザイクタイルで描かれているのは、梅と流水の図。左下:開放感のある5階の浴場からは東京スカイツリーを眺望できます。右上下:脱衣所の籠や時計、大入額は以前の店舗にあったものを使用。長年大切に使われてきたので、まだまだ現役です。

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INFORMATION

御谷湯(みこくゆ)

住所: 東京都墨田区石原3-30-8
(錦糸町駅より徒歩12分、又はバス利用。東京都営バス 業03[大塚駅]行き「石原3丁目」下車徒歩に2分)
営業時間: 15:30〜26:00
定休日: 月曜(祝日の場合は、翌日休)
TEL: 03-3623-1695
WEB: mikokuyu.com

低・中・高と温度が分かれた黒湯、"温度を体感しない心地よさ"を味わう不感温温泉、5階にはスカイツリーが眺望できる露天風呂も。4、5階の浴場は毎週火曜に男女週替わり。深夜2時までの営業、貸しタオルもあるので、仕事後の立ち寄り湯にもおすすめです。