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『食記帖』刊行記念トークイベント「読む料理、おいしい読書」vol.02  細川亜衣×江口宏志

写真:間部百合 文:井上晶子

『食記帖』刊行記念トークイベント「読む料理、おいしい読書」vol.01はこちらから!

REPORT

『食記帖』刊行記念トークイベント「読む料理、おいしい読書」vol.02  細川亜衣×江口宏志

2回目は、繰り広げられた細川亜衣さんと江口宏志さんのやりとりを中心に。細川さんのトーストへの偏愛的な愛着や、江口さんのうどんへの思慕。大好きな食べ物の話題は尽きることなく続きます。そしてテーマ「読む料理」から、細川さんが選んだ本も紹介。場内は笑いに包まれ、来場者からの細川さんへの質問も交えて、終始リラックスした雰囲気に包まれました。

江口 さっそくだけど、亜衣ちゃん、麺、好きでしょ?

細川 好きです!(笑)

江口 僕もとくにうどんが好き。だからこの本にあった「最高のうどんは桐生うどんだ」っていう一節が気になって。「桐生」って群馬の?

細川 そう。知人が送ってくれた生麺が素晴らしく美味しくて。私もうどんは好きですけど、全国食べ歩いたわけではなくて、食べ尽くした上での結論というより、私にとっての王様です。

江口 僕もそこまでしないけど(笑)。

細川 桐生うどんは普通のタイプも美味しいんですけど、「ひもかわ」っていう布みたいにペラペラしたのが、とても好き。パスタにも似たようなものがあるんですよ。

江口 あぁ確かに、うどんとパスタって似ているよね。僕もこんど桐生うどん、試してみます(笑)。ところでこの本は、細川家の食卓でもあるわけだけど、旦那さんや娘さんのために作る食事というのは、以前と何か変わったところはある?

細川 う〜ん、どうなんだろう? 改めて考えたことはないですけど、教室で作る料理とは違いますね。私は教室では、料理に驚きや提案を含めた発見を提供しているんですね。たとえば、普通は使いづらいと感じている食材をこんな風に使ってみたらどうですか? というような。でも家族にはそういうことは必要ないので(笑)、普通に食べるものですね。単純に野菜とか素材が美味しそうとか、頂いてたくさんあるから調理しなくっちゃとか。いたって日常的な感じで台所に立ってこしらえてます。

江口 なるほど、そうなんだ。熊本の食材というのはどう?

細川 野菜やくだものは、どれも瑞々しい。味も濃くて、サイズもどーんと大きい。野菜は皮が堅いのが特徴。お魚は、この辺りは白身が多くて、淡白。青い魚でも脂がのったというのはあまりなくて、サッパリしています。お肉も素晴らしいですね。全体的に種類も豊富だし、美味しい。お料理好きな人にとって熊本は嬉しい場所だと思います。

江口 そういうのは、普段どこで買うの?

細川 近所の農産物直売所です。私、熊本に住むようになてから、なるべく県内で採れる素材を使いたいと思うようになって。今使っているもので県外のものは、オリーブオイルとお塩くらいかな。

江口 それはどうして?

細川 そうすることが自然だなって。自然に手に入るものがあるのに、遠くて採れたものをわざわざ運んで来て、それを買うという必要はないかな、と思えたんですね。

江口 そうだよね。

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江口 細川家の食卓を見てみると、朝はパン、昼は麺というパターンだね。昼の麺や夕飯はバリエーションがあって、朝のワンパターンさはかえって魅力的だけど(笑)何か理由があるの?

細川 私、朝から多種多様なものを食べられなくて。それはイタリアで暮らしてからですけど、イタリアの朝食スタイルって甘いパンとカフェ・ラ・テくらい。それが自分にはちょうど合った。朝は毎日、限られたものを繰り返し食べたい。そこにバリエーションや栄養は求めない。他の食事でバランスが取れているからいいかって。だから普通に元気なときは、4枚切りの厚さのトーストです。

江口 けっこう厚切りだね。

細川 一枚の食パンを焼くために、私は大きなガスオーブンを250℃まで温める。切った食パンを網の上に乗せて、まず4分くらい。上がこんがりしてきたなと思ったら返して、今度は1〜2分。色がついてきたらバターを塗ってまた少し焼く。お皿に移し、さらに冷たいバターを焼けたトーストにのせながら食べるのが私のトーストです。ある意味、トーストを美味しく食べたいっていう強い思いは、一日の中で一番こだわっていることかもしれませんね(笑)。

江口
 ......あんまり他では聞かないね(笑)、そのトーストへの情熱というのは。

細川 だから外のトーストじゃ満足できない(笑)。そもそも使うバターの量が足りない。外で付いてくるバターは、私のトーストの1/10くらいの量。

江口 えぇーっっ!! あの、ホテルとかの朝食に付いてくるようなバターでしょう?

細川 あのサイズは、私はトーストのすみっこに乗せて食べてしまうので。

江口 一口で? 食べちゃうの?

細川 うん、そう。

江口 ガーーーーーーーン!!

細川 (笑)、でもこうやって大量にバターを食べ続けていると、ある日突然気分がすごく悪くなるんです。

江口 そりゃそうだ(笑)。

細川 そうすると、しばらくやめます(笑)。

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最後に、来場したお客さまからの質問をご紹介します。

――細川さんの使われる言葉が素敵です。どのような書物の影響を受けていますか?

細川 私は読書家ではないので特定の作家から影響を受けてはいないと思います。今回、ピックアップした本は、私にとって食に関連した記憶や思い出を蘇らせてくれるもの。そこには「美味しそう」って思える文章のありなしは関係なく、自分の経験に重なることだったり、ビックリしたりギョッとさせられるような描写であっても、食にからんでくるものがあれば、私にとって「読む料理」なんですね。

江口 何冊か紹介してもらいましょう。

細川
 そうですね〜。じゃあ、江口さんとたまたまた重なった一冊、『パン屋のくまさん』。

江口 今回、僕も何冊か持ち寄ったんですけど、その中の一冊、絵本が亜衣ちゃんと見事かぶリましたね(笑)。

細川 これは、子どもが生まれるまで知らなかった絵本ですけど、グッときました。パン屋を営むくまさんの一日が描かれていて、この愛らしい一冊にくまさんの人生の機微が......(笑)。私も日常、台所に立ちますが、必ずしも自分の口に入るものをつくっているばかりじゃない。そういう境遇が近しいからか、くまさんの行動が心に染みます。子どものための本なのに、大人の私の心にも響きました。

江口 このくまさん、働き者なんですよね。本当に実直(笑)。なんて尊いんだ、この人は!って思う(笑)。イタリア料理の本では?

細川 初めて渡伊する頃に書店に並んでいたのが、この『トスカーナの食卓』。イギリス人がフィレンツェ周辺の町を旅しながら書いた、ちょっとした紀行+(プラス)レシピ本です。私は名所旧跡より料理に関心があったので、この本をガイドブックように使っていました。今見ると、フィレンツェの暮らしを思い出して懐かしいです。
あとは、須賀敦子さんの本や、『ある家族の会話』はイタリアの空気を思い出させます。イタリアで暮らしていたころから大分経って、行くことも少なくなりましたが、これらの本を開いて一節読むだけで、イタリアの霧の風景や情景が目に浮かんできます。チーズの名前一つで、パーッと広がるほど(笑)。私にとって、いわゆる“イタリア料理”が載った本よりも、むしろこうした本のほうがイタリア的なものを思い出させます。

細川さんの料理に対する愛情のこもった言葉が会場に響き、来場者も満喫している様子。細川さんの料理に魅了されている江口さんとの話は尽きないまま、終了時刻も迫り、最後は新刊本へのサイン会となりお開きになりました。

BOOK REVIEW

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『食記帖』 著:細川亜衣
リトルモア|¥1,680

東京から熊本へ嫁いだ細川亜衣さんの、1年半以上にわたる食の記録。日記にようでもあるレシピ本の面も併せ持つ〈読む料理〉本。写真は一枚もないが、イラストレーター・山本祐布子さんの絵が文章を彩り、細川さんの手から生まれる料理の数々を想像させる。言葉のみによって描写される料理は、野性味と優雅さが同居。読むと食べたくなる、作ってみたくなる一冊。

PROFILE

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細川亜衣(ほそかわ・あい)/1972年生まれ。料理家。大学卒業後にイタリアに渡り、料理を習得。帰国後、東京でイタリア料理の教室を主催、人気を博す。2009年より熊本在住。料理教室や料理の会を各地で開催する。これまで出版してきた本は、きめ細やかで鮮やかな料理を紹介し好評。新刊『食記帖』を今夏上梓したばかり。aihosokawa.jugem.jp

江口宏志(えぐち・ひろし)/1972年生まれ。セレクトブックショップ「UTRECHT」代表。ブックショップ、ギャラリー「NOW IDeA」の運営のほか、本を通じて様々な活動を行っている。日本初の大規模なアートブックフェア『THE TOKYO ART BOOK FAIR』共同ディレクターも務めている。9月25日に、新刊『ない世界』(木楽舎)が発売される。www.utrecht.jp