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メイキング・オブ・料理=高山なおみ×立花文穂 <br>『料理=高山なおみ』発刊記念トークショー

撮影:阿部 健 文:菅原良美

REPORT

メイキング・オブ・料理=高山なおみ×立花文穂
『料理=高山なおみ』発刊記念トークショー

目に飛び込んでくる、まるで血のような濃い色をした赤。白いプレートに乗った黄色いオムライスのどっしりとした存在感。料理家・文筆家として活躍する高山なおみさんの約5年ぶりとなる料理本『料理=高山なおみ』は、ひとめ見ただけで書店に並ぶ“料理本”のイメージから距離をおく、インパクトのある1冊。
高山さんが“これまでも・これからも作りたい”と本当に思える定番の料理を彩るのは、アートディレクション・デザイン・写真を手がけた立花文穂さん。約10年ぶりとなる2人の本作りはどんな時間だったのでしょうか。出版を記念して原宿のVACANTで行われたトークショーの模様をご紹介します。

高山なおみ(以下、高山) まず、この本ができたきっかけについてお話しますね。前に出版された料理本から5年が過ぎ、ずっと一緒に本を作ってきた編集の赤澤(かおり)さんにも、「そろそろ料理本を作りましょうよ」と声をかけてもらっていたんです。でも、なかなか出来なくて。次に作るなら、「日常的な食事の本にしたい」と輪郭はぼんやりあったんですけど、それだけでは、もうひとつ何かが足りない。何か“熱いもの”が。そういうものがないと、本は出来ないんです。そんな中でどうしようかなと考えていた時に、立花さんが手がけている『球体』を、ふとめくってみたんです。東北特集号の中でお団子の写真があるんですけど。これはお団子ですよね?

立花文穂(以下、立花) 団子です。山形の肘折(ひじおり)という湯治場に行ったんですけれど、そこで食べた団子がすごくおいしかったんです。高山さんが、この写真を見てどう感じたのかは分からないですけど、まるでおしりの穴にぶすっと串を刺されたような団子の姿に「うお~っ!」と唸った(笑)。

高山 へえ~

立花 そこは笑うところです。ぶすっ! という気分の感じ、そのままを撮りました。

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高山 (笑)。もちろんお団子そのものもおいしそうなんですけど......直感的に、この使い込まれたお皿や、キズのある机もふくめた余白というか、まわりの空気の中においしそうな事がらがたくさんふくまれていると感じたんです。それは、子どもの頃の記憶――家族のこととか、外国への憧れとか、お勝手の湯気の感じとか。食べものって実はそういう記憶をいっぱいふくんでいる。
レシピの言葉というのは無駄がなく簡潔で、すばらしいと私も思うんですけど、そうなると“余白”をどんどん省いていかないとならない。でも、じつはそういう余白にこそ私の伝えたいことが詰まっているんです。もしかしたら、自分がやりたいことは料理本の世界からはずれてしまうかもしれない。でも、そこまでの勇気もなくて......そんな、どうしていいか分からなくなっていた時にこのお団子の写真を見たんです。だからと言って、この写真が好きだから立花さんに撮ってもらおうと思ったのではなく、このお団子を写した立花さんの目線に惹かれたんだと思うんです。10年ほど前、立花さんと一緒に『高山なおみの料理』を作った時、私は立花さんにキズをつけてもらいました。そのキズから、あとは自力でうわっと生の自分をはき出したというか。そういうきっかけで生まれた本だったので、そんな風にまたやってほしいと思いました。そうしないと次は作れないと感じたんです。

立花 初めて高山さんの本作りに関わらせてもらった『高山なおみの料理』の制作は、すごく濃密な時間でした。あれから約10年間、たまに「あれ? 僕に声がかからないな?」って淋しくも思っていたので(笑)。今回のお話しをいただいて、内心「やっときたよ!」と思ってお受けしました。僕もだいぶ大人になっているので、前より楽な気分でできるのかなと思っていたのですが、そんなことはなくて、僕だけじゃなくみんな大人になっていなくていい感じでしたね。制作がはじまれば変わらなく流れる、濃密な時間。

これまでの料理本の作り方を忘れる

高山 立花さんにアートディレクションをお願いすることが決まって、はじめての打ち合わせで、「これまでの料理本の作り方を忘れてください」と言われたんです。知らず知らずのうちにアクのようにたまっている、本作りのクセを自分の中に感じました。壊す自信もないし、どうしていいか分からないけれど、とにかくすべてにおいて頭を使わないで臨もうと決めました。夢とか無意識とか、自分ではないものの力を借りないと作れないと思っていたので、撮影の一週間ぐらい前から自然と精神統一みたいなのが始まって(笑)。心を下の方に落とすというか、仕入れに行くのにでも自転車をゆっくりこいで、なぜか低い声でしゃべっていました。たぶん透明になろうとしていたんだと思います。じゃないと、立花さんに要求されることに追いつかないんです。
ふだん料理本を作る時は、撮影前に1冊分のページ割りや作る料理を決めて、それを順番に写していくんですけど、今回はそうじゃなくて、撮影する2週間くらい前に8品とか10品とか、撮るもののスケッチをみなさんに送るというペースだったんです。撮影当日、天気とか気持ちの変化で、急に変更することもありましたね。

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立花 僕は、基本的に『本』が作りたい人なので“料理”というジャンルの中でページを作っていくということはあまり考えていなかった。いわゆる料理本とはこうである、というものがあるとするならば僕はそれを無視してた。ただただ高山さんには、「はやく食べたいから、料理作って!」という感じでしたね(笑)

高山 でき上がった料理を集合で写すこと、それだけは最初に言われていましたよね。あと、たとえば、この肉のページが一番わかりやすいかな。これは、作っている料理の過程がきれいだなぁと思って、ねんのため立花さんを呼んで見せるんです。そうすると......

立花 そこでストップ、って。

高山 そうそうそう(笑)

立花 とりあえずキッチンをのぞきに行って、様子をうかがいながら進めていました。僕は料理をやる人ではないから、この料理がこの後どうなっていくのかなんて知らない。だから高山さんにとっては“まだ鍋に入ったままなのに”というものもあったと思うんですけれど、僕にとってはここが料理だ! と思った瞬間だったので、「このまま鍋から全部出しましょう」と言ったりしていましたね。

高山 お皿には盛りつけず、お鍋に入っている形のまま紙の上に並べてくださいと言われたら、その通りにやってみたり。

立花 本当に言われるままに......。

高山 ここで肉を切りなさいとか。

立花 切りなさい、とは言ってないですよ(笑)

高山 切ってください、でした(笑)。その包丁はそのままにしておいてくださいとか。大きいカメラなので、すべて一発撮りでしたね。

立花 そうですね。予備で撮ったカットはありません。

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おふたりの話しが続く中、高山さんより「プレゼントがあります」という言葉のあとに、立花さんが撮りためていた制作風景をまとめた約20分のショートムービーが上映されました。じゅわっとお肉が焼ける音、ぐつぐつとスープを煮込む音、野菜を切る音、素材が調理されていく時のにぎやかな音。それが人々の何気ない話し声や笑い声とまざりあって流れるドキュメント。立花さん・高山さんの朗読をはさみながら、ひとつの物語を見るような貴重な映像に、会場中がひきこまれました。

レシピからはみ出すことの楽しさ、大切さ

立花 『高山なおみの料理』もそうですが、本の最初に出てくる片観音開きの絵が一番大切な部分だと思っています。言葉にはならないけれど、この本のすべてをあらわすようなもの――それを川原さんにお願いしてできたのがこの絵です。これを描いてもらってやっと一冊ができた。本作りの最後に「いつまででも待つので、絵を書いてほしい」とお願いして。でも絵が出来上がる前にちらっと見せてもらった時に「出来た」と思いました。川原さんが「もうちょっと描き足したい」と言っていたんですけど、もうそのままでいいです、と奪うように持って帰ってきました(笑)。

高山 今日は、その川原真由美さんもいらしてます。何か質問を考えてきてくださっているみたいですよ。

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川原真由美(以下、川原) こんにちは、川原です。ではおふたりに質問を...... 実際に制作が始まって、現場ではお互いどういう部分に刺激をうけましたか?

立花 高山さんは、みんながしゃべっている中でよく集中できるなと思っていたけど、映像を何回も見ていると、隣で話していても何も聞いてない。ふんふん、はんはんって答えているけれど全然聞いてない(笑)。

高山 料理しか見てないですね、きっと(笑)。鍋の中の変化とか、音とかも聞いているから。確かにそうでした。あと、今回はレシピを作らずに撮影に臨みました。普段は何度か試作をして、レシピも作りこんでから撮影してもらい、その場で変更を加えていくのですが、それを一切やめたんです。一発勝負でやったほうがカンが冴えるから。レシピを最初に作ると安心だけど、頭の方にひきずられてしまうんです。作りながら鍋の中の変化や大事なポイントを私がどんどん言って、編集の赤澤さんにはずっとつきっきりで記録してもらいました。レシピに関係のないことまですべて。それがこのノートです。これは赤澤さんが後から付箋をつけて整理してくれたんですけど、このライオンのたてがみみたいなところに、料理名が書いてあります。
料理って、レシピからはみ出してしまうようなことがとっても大切なんです。そういうことをすべて伝えたいと思っていたので、どんな小さなことでも書き取ってもらいました。みんなの話が聞こえていないのは、料理に夢中だったから。

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立花 その時、その場を作る。状況や空気を作るということは、僕だけが思っててもだめ。高山さんもそうだし、そこにいるみんながその場を作るためのひとりとして、空気のようにいる時もあるし、時には主張するところもある。たくさんしゃべっていたとしても常に状況を見ている、見えているというのがみんなの立ち回りかたでした。そういう現場ってなかなかないと思いますね。場を作ることが結果的にページに表れてくるのが理想的でした。
そういう意味では、デザイン的なものや表面的なことはあまり関係ない。料理名をすごく目立たせて、わかりやすくしていない。そんな中で、このビジュアルがみんなに受け入れられたのは、この本自体がいわゆる解説本のような、作りたい料理を本のなかから探すというよりは、眺めているうちに何かを作りたくなる。そんな通常の実用書とは正反対のところから入れるような本になれているのかな、と。それを目標にしていたわけじゃないんですけど、結果的にそうなっていきましたね。

●最後は、お客さんより質問タイム。立ち見も出るほど会場いっぱいに集まったお客さんの質問からひとつご紹介します。

お客さん これまで“料理ってどういうものなんだろう”って哲学的にぼんやり考えてきました。でも、今日お話しを聞いたり映像を見せてもらって“庭と自然”という言葉が出てきました。森や自然があって庭がある。例えばお皿の中に庭師がちょっとだけ切ってきた自然の一部がのっている。そういう感覚に近いと感じました。おふたりは素材と自分との関係はどのように考えていらっしゃいますか?

高山 えーと、どうだろう......みなさんが、そんな風にいろいろに感じてくださったらいいなと思います。ひとりひとり違うので。この本はそういうつもりで作りました。みなさんが自分にひき寄せて、自分にとっての料理を感じてくださるように。

立花 僕も写真を撮ってる時は、料理として見ていなかったのかもしれませんね。風景のように「あ、これは山だな」とか、ちょっと蝿になったつもりで眺めてみようとかそういう感覚でいましたね。

高山 そういえば、自分も“料理”としてではなくて、“そのもの”として見ている感じがしてました。

立花 料理じゃないって言っちゃいましたね(笑)じゃあ、また最初から話しをはじめましょうか。

INFORMATION

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『料理=高山なおみ』
著:高山なおみ ¥2,000(税抜)|リトルモア

5年ぶりとなる待望の新作。約2年の制作期間をかけて出来上がった今作はタイトル通り、高山なおみさん自身に息づく料理について、まっすぐに向き合った1冊。懐かしい匂い、安心する美味しさ、だれかと微笑みあう食卓。そんな記憶とともに、季節が流れ、心がうごき、おなかがへる。そんな毎日の暮らしに寄り添う料理に出会える、保存版です。


たかやま・なおみ/1958年静岡県生まれ。レストランのシェフを経て料理家に。文筆家としての顔も持つ。著書に『帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。』(文春文庫)、『高山なおみの料理』 (KADOKAWAメディアファクトリー)、『日々ごはん(1)~(12)』『おかずとご飯の本』『チクタク食卓(上)(下)』(以上アノニマ・スタジオ)、『高山ふとんシネマ』(幻冬舎)、『アンドゥ』『押し入れの虫干し』(リトルモア)、『今日もいち日、ぶじ日記』『明日もいち日、ぶじ日記』(以上新潮社)、『気ぬけごはん』(暮しの手帖社)など多数。www.fukuu.com

たちばな・ふみお/アーティスト、グラフィックデザイナー。1968年広島市生まれ。文字・紙・印刷・本を主な素材、テーマに作品を制作し国内外で発表する。近年の展覧会に「デザイン 立花文穂」(ギンザ・グラフィック・ギャラリー、2011年)、「MADE IN U.S.A./クララ洋裁研究所」(佐賀町アーカイブ、2013年)など。2006年より、自ら責任編集とデザインを手がける『球体』(現在5号刊行)をはじめる。作品集に『クララ洋裁研究所』、『木のなかに森がみえる』、『風下』など。最新の著書に『かたちのみかた』(誠文堂新光社)。現在、女子美術大学教授。