vol.05わたしは全身美容家。キキの化け猫美顔教室
文:工藤キキ
ロゴ:石黒景太
「魔利は他人の家に泊ったり、旅行をすると、そこの鏡にうつる顔は自分の顔ではないから厭だと言っていて、帰った日の翌日は縁のない果物屋の鏡に顔をうつし、自分の顔になっていそいそと外出した。うれしいらしくて、右頬の小さなぶつぶつが紅くなり、頬紅を刷いたようになっている。窮屈な着物や帯をとって、自ら「洗たく婆さん」と称する気楽なスウェータアとブラウスになり、嬉々として出て行った。「洗たく婆さん」なぞと言ってはいるが、それは反語で、どうしてなかなか自惚れているのである。どこを押したら、あんな自惚れが出るのか、恐るべき自信である」
----森茉莉『贅沢貧乏』「黒猫ジュリエットの話」より
キキの女友だちのほとんどが、「ねこおばさん」である。といっても、商店街の洋品店に吊るされているような全面猫プリントの派手なスウェット、猫のパッチワークやアップリケがくっついたTシャツ、スパンコールで猫をえがいたコテコテなセーターといった流行度外視の猫商品の数々に、人目をはばからず「かぁーわぁーいいー」と甲高い声をあげる類いの、ねこおばさんである。
まるでチンチラのような女友だちが言うには、憧れの「ねこおばさん」はピアニストのフジコ・ヘミング。いつかは近所の野良のお世話もと考えているかもしれないが、いまのところはフジコさんに倣ってレースの端切れで作った即席のリボンを頭のてっぺんで結び、愛猫の腹をなでまわすことで世間への愚痴を鎮め、眠れない夜は近所の猫を追っかけ回すような、キキの周りのねこおばさんは、見ようによっては月に支配されているルナティックスである。
ねこおばさんが愛猫の肉球をプニプニ押すことで恍惚にひたるなか、猫アレルギーのキキは自分の顔面に指で圧力をかけて悦に入っていた。俗に言う、小顔マッサージである。
キキの美容法は大概テレビや雑誌からの影響下にある。八代亜紀のストレッチ、森光子&黒柳徹子のスクワット、そして田中せんせいの造顔マッサージだ。せんせい曰く、肩こり同様、毎分毎秒表情をかえることで〝顔も凝る〟そうで、アゴや頬骨、目の周りを指の腹でなぞり、こめかみから首筋、鎖骨をグリグリとこすり、老廃物をリンパに流すべくマッサージをすることが代謝をうながし、むくみが取れ、おもしろいようにリフトアップする。ねこおばさんが「猫のヒゲみたいなものよ」と主張する、ほうれい線もうすくなるので、呑み屋にいると猫なで声のマッサージの依頼がたえない。
友だちと連れ立っていてもトイレに立つたびにコッソリ自分だけ造顔しているキキ。その実績は、デブ、ヤセ、メガネ、ワシ鼻、そしてアメリカ人、どのタイプであっても、まるで魔法のように顔がつりあがるのであった。
想像以上の圧力をかけるため、滑りをよくするクリームは必須。脂ギッシュな男性には必要はないが、施術後の手洗いはお忘れなく!
もったいぶるように、まずは友だちの片方の顔だけマッサージをする。ものの一分程度で片方だけギュンと上がり、ズレた福笑いのように、変形する顔をキキはまるでマリックにでもなった気で不敵な笑みを浮かべ手鏡で確認させる。その瞬間、周囲から沸く歓声に自惚れるキキが、造顔マッサージを、忘年会の余興にしていることは、言うまでもない。
くどう・きき/アートライター。主にアートを媒介としたカルチャーコラムの執筆や展覧会のキュレーションなどを手がける。著書に美術批評集『post no future --未分化のアートピア』(河出書房新社)など。隔月でART ZINE『LET DOWN』もリリースしている。www.letdownmag.blogspot.com そんなわけで、これからも貧乏だけど志だけは少し高い生活臭を紹介していきたいと思います。よろしくお願いします。