工藤キキの貧乏サヴァラン

vol.12爪に火を灯すキキの爪は薔薇色

文:工藤キキ
ロゴ:石黒景太

「皮膚にふれる水(又は風呂の湯)をよろこび、下着やタオルを楽しみ、朝起きてをあけると、なにがうれしいのかわからないがうれしい。歌いたくなる。髪をいていると楽しい。卵をゆでると、銀色の渦巻く湯の中で白や、薄い赤褐色の卵がその中で浮き沈みしているのが楽しい。そんな若い女の人がいたら私は祝福する」
││森茉莉『貧乏サヴァラン』より

 あら、とうとうキキにも牟礼マリアから祝福を授かる日が訪れたのかしらん?何がうれしいのかわからないけど、ボトルウォーターより水道水の方が美味しい、なんて言われているニューヨークでは水道料金がタダなのご存知でした?あらうれしい。厳密に言うと家賃に含まれていることが多い。そりゃそうだ。水は一体誰のもの?

 水道の配管やメンテナンスにお金を払うのは当然でしょうが、もともと其処らにあふれていた水の“使用量”に対してお金を払ったり、料金を滞納すると止められちゃうってヘンだわ。キキは思い返す......楽しいお喋りをやりたいだけやって、ご機嫌で家に帰ってみると、あら、おトイレのお水が流れないじゃないと何度となく自分の手で東京都の持ち物らしい水道管の蛇口をひねった遥か遠い日の記憶、いんや、たった3カ月前の記憶をキキはガブリガブリと飲み干した。

 そんなわけで現在、水はタダだし1ドル80円の世界で生きているキキは気も少しだけ大きく、頭の中を薄ら寒い計算で埋め尽くしながら日々、近所のチャイナタウンを冷やかしているのだが、今回はじめてネイルサロンに行ってみた。なぜと言われたら......安いからである。

 とはいえ、お店も清潔感があって日本で言ったら池袋とゆーより代官山にありそうな感じ?日本と同じく、指の甘皮とってもらってハンドマッサージして、そしてマニキュアをキレイに塗ってもらって40分ぐらいで、両手でなんと......12ドル!という驚きの安さ。もちろん場所によって値段はピンキリだと思うが、下は7ドルで中国人のおばちゃんがやってくれるところもあるが、いくらキキが貧乏とはいえ、少しぐらい贅沢してもいいですか? ちなみにチップも払うので全部で15ドルぐらい?

 担当してくれたのは、出身はクイーンズで現在はブロンクス在住の、年の頃はアラフォーのダナさん。しかし値段の安さに驚いたのも束の間、もっとも驚いたのが、床屋トークのごとく身の上話として「あたしね、放射能から逃げてきたんだよ」と話すと、ダナさん筆頭にスタッフ全員が福島の原発事故のことを知らなかったの。ぽかん。ついでにチェルノブイリも忘却の彼方「んなことあったっけ?」だって。ひえー。

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そしてビッグアップル「FUJI USA」をつかむ。色を迷っていたキキに「薬指だけ変えるって手もあるわよ~」とダナさん。アラフォーの2人の会話とは思えないが、楽しいからいいか。場所はOrchard St.にある「The Finishing Bar」というお店でした。

 そんなわけで話の噛みあわぬまま、家賃の話から、電車のアクセスが悪くてブロンクスからの通勤時間が1時間半、だからつい携帯ゲームに熱中しちゃうんだけど、この間なんて一駅乗り過ごしちゃって、また次の電車待ったら結局家に帰るのに2時間半もかかったのよ、もー電車の中でゲームはしないわ、あははは......この間なんてチャイナタウンで牛肉の炒め物食べて食中毒起こしたの......といったダナさんの庶民的なお話を全部忘れ去ってしまうほど、ネイルはウットリするほど素敵に塗り上げられたのだった。美しい。病み付きになりそう......ってトルエンみたいなものを嗅いでいるせいではあるまい。

PROFILE

くどう・きき/アートライター。主にアートを媒介としたカルチャーコラムの執筆や展覧会のキュレーションなどを手がける。著書に美術批評集『post no future --未分化のアートピア』(河出書房新社)など。んなわけでベースをNYに移しても変わらず貧乏だけど志しだけは少し高い生活臭を紹介していきたいと思います。Nylon JapanのブログではNYのアート情報を紹介してます。www.nylon.jp/blog.html よろしくお願いします。

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