工藤キキの貧乏サヴァラン

vol.13ならずもの集まれ。キキのROGUE SALAD BAR

「その時魔利の状態は乞食の一歩手前に来ていたので、その日から、生きなくてはならないという切実な問題を背負って、鉛筆を握りしめ、書けないものを無理に書いた。鉛筆を強く握ったのは、強く握ったら書けるだろうと思ったからである。可怕かったが、書けなかろうが、可怕かろうが、書くより他に米や麺麭を購入する道はないのである」
││森茉莉『贅沢貧乏』所収「紅い空の朝から...」より

 キキも力一杯キーボードを押してはいる。しかし、昭和の忘れ形見とも言うべき“かな打ち”のキキ。実はこの道、かれこれ20年弱だからとブラインドタッチを気取っても、その姿といったら2本の人差し指だけでキーボードを激しく叩いているものであった。それはまるで......遊んでいるかのよう......であり、だからといっちゃなんだが、いくら激しく叩いてもキキの実入りは相変わらず少ない。

 ニューヨークを「みんなが半分遊んで暮らしている街......」と在米20年の友人が称していたが、まったくその通りであった。しかし、後の半分は、キキのキーボードを打つ指がスローモーションなのではと不安になるほど、振り向けば誰もが猛烈に働いている。しかし、みんなは半分、キキはほとんど。ぽやぽやしてたら乞食の一歩手前である。 「どこか原稿書くとこないかしらん」と円高ドル安に便乗する夢は捨ててはいないが、そんなこんなで、キキは文章以外で日銭を稼ぐべく新しいプロジェクトをひねり出したのであった。それが『ROGUE SALAD BAR』。ルームメイトのカリッサと、わたしたちのアパートの一室で料理教室をはじめたのであった。
 そもそもは、ギャラリストでありアーティストのいつも超多忙なカリッサが、キキが作るベジタリアンで和食ベースの“おひとり様”向けの手早い料理に興味を示したことからだ。

 この街には多忙な人向けの“うまい安い早い”ファストフードはたくさんある。とはいえピザやタコスばかりともなると、アラフォーの女性&男性の胃袋にはやや激しい。しかも“おひとり様”用の食材を用意するとなると案外コストがかかるもの。そこで誰もが駆け込むのが、オーガニック中心のスーパー「ホールフーズマーケット」の中にあるサラダバー。オーガニックの食材で作られた目にも美味しいお惣菜が並んでいるのだが、それをエコ紙皿に盛り2階にある、通称“ダイニングテーブル”で、ほとんどの皆様が独り食事をする姿は、ヘルシーを通り越して、なんともキキには寂しく映った。キキも毎度、美味しさよりも寂しさに耐えきれず「明日は自分で作ろう......」と誓いながらスーパーでしこたま買い物をして帰宅するのであったのだが......ってこれってホールフーズの罠?いや結婚相談所に行けってか?

 んなわけで、耐久時間20分以内で2品!目にも鮮やかで食材を無駄にしない、和食ベースなのでヘルシーな“おひとり様”向けの“うまい安い早い”料理教室の1回目が開催されたのであった。しかも全編英語!思いがけずの好評で、しかも授業料はおひとり様20ドル。しかも授業が終わったら、生徒様みんなで食事をするという......もう、おひとり様じゃない......食事を楽しんでいただいているなか、キキはテーブルの下ではじめて稼いだドルを数え身震いしたのであった。


参加者はアーティストやギャラリストの友人たちでした。しかも、陶芸をやっているお友達がお皿を貸してくれたので、さらにステキ度アップ、でしょ? つか、なにげに陶芸やっている人がほんとに多いのNY。そんなわけで、次回からも陶芸家とコラボレーションする予定。ほんとに楽しかった。

PROFILE

くどう・きき/工藤キキ/アートライター。主にアートを媒介としたカルチャー・コラムの執筆や展覧会のキュレーションなどを手掛ける。著書に美術批評集「Post No Future 未分化のあーとびあ」(河出書房新社)など。んなわけでベースをNYに移しても変わらず貧乏だけど志しだけは少し高い生活臭を紹介していきたいと思います。Nylon JapanのブログではNYのアート情報を紹介してます。www.nylon.jp/blog.html よろしくお願いします。

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