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パトリシア・カータン

写真:千葉 亜津子 文:ファイアンめぐみ

INTERVIEW

パトリシア・カータン

ARTS&SCIENCE〉のギャラリー「AT THE CORNER」に一歩足を踏み入れたとたん、おもわず深呼吸したい気分になった。白い壁に静かに並べられた黒炭スケッチの数々。シンプルで、それでいて力強い。被写体からはみずみずしさが感じられる。アーティストのPatricia Curtan(パトリシア・カータン)はカリフォルニア・キュイジーヌを牽引してきた唯一無二のレストラン「Chez Panisse」で長年シェフを務めていた。初の来日となる今回は、作品展示のほか、日本の食材を使ったカリフォルニアディナーを振舞った。料理人、デザイナー、イラストレーターと多くの顔を持つ彼女。異なるフィールドを越えて通じる彼女の信念とはいったい何なのか話を聞いた。

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――料理人、イラストレーター、デザイナーと様々なお顔をお持ちですが、どのようにしてバランスをとっているのでしょうか?

Patricia Curtan(以下、パトリシア) すべてを同時にやってきたというのではありません。若い頃は、昼間は印刷所で働き、夜は「Chez Panisse」の厨房で働くという生活をしていました。けれど、出産を機にレストランで働くのをやめ、それ以降はオーナーのAlice Waters(以下、アリス)と一緒に料理本を制作したり、自分の印刷所で作品を作ったりしています。レストランで新鮮な食材を扱っていたおかげで、食べられる植物の知識や洞察力が磨かれ、そういったスキルは作品を作るにあたってとても生かされています。

――どのイラストも写真を見ているかのようにリアルで本物に忠実な印象を受けるのですが、今の自分のスタイルはどのようにして出来上がったのですか?

パトリシア 昔から、15〜16世紀にヨーロッパで作られた植物図鑑のディテールや美しさに惹かれていました。ちょうど活版印刷技術が栄え始めた頃で、当時の本はすべてが白黒。植物の名前や用途などの情報を伝えるため、本物に忠実に細部まで丁寧に描かれています。何百年経った今も色あせない無駄のない美しさがすごく好きで、そのデザインは今の私のスタイルの原点となっています。そしてもうひとつ、大きな影響を受けたのが日本の木版画です。特に植物の木版画は余白の使いかたやバランス構成、叙情的な要素がすばらしく、独学で日本の美意識を研究し、多くのことを学びました。

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――この展示会に持ってきてくださったのは『The Art of Simple Food II』で使用したイラスト原本が多いとお伺いしています。書籍をつくるにあたって、写真ではなくイラストにこだわった理由は何ですか?

パトリシア 『The Art of Simple Food II』のデザインは、私が影響を受けた植物図鑑のように、白、黒、赤だけを使った伝統的なアプローチで、古いヨーロッパ風の本にしようと決めていました。アリスと私が追求したかったのは色あせない美しさです。写真だと照明やアングルなどで時代性が浮き彫りになってしまうこともある。だからこそ、写真ではなくイラストにしようと決めたんです。けれどそこには大きなチャレンジが待っていました。

せっかく料理をするならおいしい食材を使って欲しいという思いをこめて、この本の中では私たちが厳選した食材を紹介しています。トマトと一言でいっても、特別な品種のトマトが数種類。サイズや形、色つやなどの違いを白黒でどのように表現するかが最初のチャレンジでした。試行錯誤の繰り返しですね。そしてもうひとつのチャレンジが被写体が季節ものであること。今シーズンを逃したら、次に植物や果物が手に入るのは1年後になってしまう。綿密にプランニングをし、プロジェクトを進めました。

――どのイラストも無駄のない構成で、自然と目が被写体に向かいます。果物の種や産毛、ちょっとした色の変化まで本当に細かく描いてありますね。

パトリシア 本物に忠実に見たままに描くのが私のスタイルです。変えろといわれてもきっとできません。頭の中で思い描いた美しさを形にするのではなく、日々の生活や自然の中で美しいと感じたものを描いています。虫に食われた葉っぱや果物の傷もすべてです。自分が意図して作り出したものは、自然が生み出した美しさにかないませんから。

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――自然界で美しいものを探しだし、見たものをありのままに描くという作業には、ものすごい時間と労力を費やされていると思います。アートやイラストがデジタル化している今、あえて手を使って作品をつくる醍醐味は何でしょう?

パトリシア 自分の手で何かを作り出すプロセスが好きです。誰かの作品を見ても、時間と想いが込められている作品に心を打たれます。時間をかけて自分の技術を磨いているという努力が感じ取れる作品にはクリエーターとして共感できます。

私が長年続けている活版印刷もデジタルに比べるととても時間がかかる作業です。一度に一色しか印刷できない技術なので、色の数だけ版画を彫りだし手作業で印刷していきます。誰かの手が介入し何かを生み出している。料理と通じるところがあるのではないでしょうか。工場で作られた料理ではなく、誰かが作ってくれた手料理にはありがたみがあり、心に響くものがあります。

――手で作られた作品や料理からは、すばらしさやおいしさだけでなく“心”を感じます。先日のディナーイベントではご自身でもカリフォルニア料理を振る舞われたと伺いました。

パトリシア
 日本の食材を使ったディナーを作りたかったので、いくつか農家を訪れました。無農薬農業を営んでいる方や、環境に優しい農業を実践されている方にお話を伺ったのですが、皆さん本当に真摯に熱心に食物を育てていました。「Chez Panisse」の時代から私自身も食物が環境や体に与える影響に注目し、無農薬や持続可能な農業を支持してきましたから、そういった信念に従って農業を営まれている皆さんからはたくさんの勇気をもらいました。今回開催したディナーイベント用の食材の多くは訪れた農家の方から買い付けたものです。こんもりとふくれたにんにくや、香り高いみょうがなど、どの野菜もおいしくいただきました。

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――これからはどのような作品を作っていきたいですか?

パトリシア
 私自身、次にどのような作品が生まれるのか楽しみです。ある日ギャラリーに来たお客様が私の作品を見て「とても日本的ね」とおっしゃったんです。日本の版画を学び、日本の趣きに共感してきた私として、自分が追求したかった美意識を感じ取ってくださったと実感できた瞬間でした。ここでの経験は大きな励みです。今後はもう少し作品のスケールを大きくし、作品に色を付け足していきたいと思っています。


ありのままの美しさを表現するパトリシアのスタイルには、日本の美意識と共通するところがある。国境を越え、アートジャンルが変わっても、彼女の信念はストレートに心に響く。自然と調和した生活を送り、植物や果物への敬愛があるからこそ、彼女の作品からは静かで力強い息吹が感じられるのかもしれない。展覧会『Patricia Curtan with dosa』は、6月8日(日)まで開催している。

INFORMATION

『Patricia Curtan with dosa』

会期: 開催中〜2014年6月8日(日)12:00〜20:00 ※会期中は無休
会場: AT THE CORNER by ARTS&SCIENCE(東京都港区南青山6-1-6 パレス青山109)
TEL: 03-6418-7960
WEB: www.arts-science.com

PROFILE
パトリシア・カータン/アーティストであるDavid Lance Goinesが営んでいた印刷所でインターンを始め、活版印刷を学ぶ。この頃Chez PanisseオーナーのAlice Watersと知り合い、1983年まで厨房に立つ。また、レストランの印刷物のデザインやタイポグラフィーを手がけるほか、料理本の共同著者としても名を連ねる。その後、自身の小さな印刷所を設け、デザイン活動を行いつつドローイングや版画を制作。現在ナパヴァレーに拠点を置き、制作活動を行っている。