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THE TOKYO ART BOOK FAIR<br>ニューヨーク近代美術館 図書館司書 デイヴィッド・シニア<br>アーティストブックの歴史を辿る[中編]

写真:山本あゆみ 文:草深早希

この秋、9月19日(土)・20日(日)・21日(月)のシルバーウィークに
京都造形芸術大学・東北芸術工科大学 外苑キャンパスで開催される「THE TOKYO ART BOOK FAIR 2015」。
開催に先駆け、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で図書館司書を務めるデイヴィッド・シニアを
招いた昨年のトークイベント「美術館とライブラリ」を一部抜粋してご紹介します。

REPORT

THE TOKYO ART BOOK FAIR
ニューヨーク近代美術館 図書館司書 デイヴィッド・シニア
アーティストブックの歴史を辿る[中編]

※[前編]は、こちらから

NY近代美術館の図書館司書を務め、美術館で行われる展覧会の企画にも携わるデイヴィット・シニアは、終始リラックスした雰囲気でアートブックの歴史について話を続けます。

偉大なる編集者スチュアート・ブランドの活躍

伝説の雑誌『Whole Earth Catalog』の設立者スチュアート・ブランドは、1950年代に活躍した編集者マーシャル・マクルーハンの「メディアはメッセージである」という情報伝達についての考え方に影響を強く受けていたので、〝フィードバックループ〟という読者が本に対してレスポンスしていくメデイアを理想にしていました。だからスチュアート・ブランドは『Whole Earth Catalog』の誌面で読者に「情報を提供してくれ」という呼びかけを行っていたのです。ほかにも、ドーム(建築家、バックミンスター・フラーが考案したドーム建築の家)はどのように作られるのかという説明書が雑誌に入っている号もあり、コミューンで生活をする若者を自立させるための指南書としても機能していました。

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▲ MoMAの展覧会を見に来ているスチュアート・ブランド本人。今なお環境活動に取り組んでいる。

本を制作すると同時に、スチュアート・ブランドはコンピュータや新しいコミュニケーションツールがどのように生活を変えていくのかということにも強く関心を持っていました。アップル社の共同設立者のひとりであるスティーブ・ジョブスは、「『Whole Earth Catalog』は、自分の時代のgoogleであった」という表現をしています。そこには、〝制作のツールをコントロールする〟という考え方があり、本やコンピュータを上手く活用することによって自分たちの本やテレビ、ラジオを作るという意識を非常に強く持っていました。スチュアート・ブランドは、この『Whole Earth Catalog』のおまけとして、〝読者からの手紙を掲載する本〟も出版しています。彼は、『Whole Earth Catalog』が有名になってきた頃に、雑誌を作ることを辞めてしまいました。辞めるひとつの理由として、ほかの人も自分と同じように出版ができるようにしたいという強い気持ちがあり、そのために本を出版するためのガイドブックも残しています。実際、『Whole Earth Catalog』に触発されて生まれた出版物はたくさんありますし、特にカウンターカルチャーの出版物は、この雑誌なしには語れないでしょう。

活動のアーカイブとして機能するアーティストブック

ここからは『Whole Earth Catalog』と非常にアイデアは似ていますが、アートの文脈で発表されたものを紹介していきます。1964年に出版された雑誌『アート・フォーラム』には、現代美術家であるエドワード・ルシェ自らが自分の本の広告を掲載しました(写真下左)。彼には、アメリカで出版されるすべての本を収録しているアメリカ議会図書館へ自分のアートブックを送った際、送り返されてしまったという経験がありました。これはとてもいい例で、当時の定義では、アーティストブックが一体なんなのか認識されていなかったのです。この時代には、アーティストブックという言葉自体が存在していませんでした。この時代のアーティストブックについて私が重要だと思っているのは、当時のアートのアーカイブとして本が機能しているということです。特に、パフォーマンスアートのアーカイブとして機能していました。1968年にアンディ・ウォーホルが出版した本で、彼らのアトリエ「ファクトリー」でのさまざまな活動を収録したものがあります。本としてとてもクリエイティビティあふれたものになっているのと同時にファクトリーの活動の履歴にもなっている1冊です。ウォーホルは、編集の過程で削除されてしまうところにも「ここには何も入れないでくれ」という指示をそのまま残すなど、編集の履歴をわざと遊びとして取り入れていました。

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▲ 左:1964年に出版されたアート誌『アートフォーラム』に掲載された広告は、現代美術家エドワード・ルシェ自らが自分の本を使い、「Rejected(拒否された)」という言葉を添えた。 右:英国を代表する現代美術家ギルバート&ジョージが1970年に出版した本。ギルバート・プロッシュとジョージ・パサモアのふたりの活動は、ユニークなパフォーマンスアートとして知られている。

もうひとつ、自分たちの活動を本というメディアを使って履歴を残した例として、英国のギルバート&ジョージが挙げられると思います。彼らは初期のパフォーマンスの写真を見せるために小さな本(写真上右)を出版していました。最初は、1976年にドイツのテレビ局で放送された「キース・アーナット」のプロジェクト。その後、このプロジェクトも1冊の本になっています。

※続きは、[後編]へ

PROFILE


20150910_ba_profile.jpgデイヴィッド・シニア(David Senior)/ニューヨーク近代美術館アートライブラリの司書。自費出版によるアートブックの収集を含むコレクション管理に携わる。図書館主催による展覧会の企画を多く手がけるほか、NY、LAアートブックフェアのイベントなども担当。また、毎年NYアートブックフェアにあわせ数々のアーティストと作品集を制作し出版するほか、多くのアート雑誌で執筆をしている。