FOOD

NEXT

PREV

「BEAR POND ESPRESSO」が見たアメリカ、サードウェーブ  ー映画『A FILM ABOUT COFFEE』の背景[後編]

写真:徳永 彩(KiKi inc. ) 文:草深早希

REPORT

「BEAR POND ESPRESSO」が見たアメリカ、サードウェーブ  ー映画『A FILM ABOUT COFFEE』の背景[後編]

東京・下北沢にショップを構える「BEAR POND ESPRESSO(ベアポンドエスプレッソ)」は、今日を席巻するコーヒー・シーンを牽引するコーヒースタンドのひとつ。 現在公開されている“豆から一杯まで”のコーヒーのストーリーを美しい映像で描いたドキュメンタリーフィルム『A FILM ABOUT COFFEE』に登場するロースターたちとともに、バリスタとしてアメリカでコーヒーに携わってきた「BEAR POND ESPRESSO」オーナーバリスタの田中勝幸さんが肌身で体験してきたNYサードウェーブ・シーンをご紹介します。

※[前編]は、こちらから

NY、サードウェーブ・シーンのはじまり

2001年、マンハッタンのコーヒーショップ「NINTH STREET ESPRESSO(ナイン・ストリート・エスプレッソ)」で、高品質の豆にこだわった「スペシャルティコーヒー」が誕生。当時のことを田中さんは「サードウェーブを迎えた時に、『スペシャルティコーヒー』という高品質の豆を使ってコーヒーをドリップしただけではなく、その豆を使ってみんながエスプレッソを淹れるようになったんです。コーヒーのテイスティングをする『カッピング』は、ドリップコーヒーのためにあるのでなく、今後どのようにエスプレッソをブレンドするか考えるためにあるんです」と話します。2006年、田中さんはエスプレッソを淹れるノースカロライナの「Counter Culture Coffee(カウンター・カルチャー・コーヒー)」のもとバリスタとして養成。アメリカ永住権を取得している彼は、一時帰国をした2009年に東京・下北沢に自身のコーヒースタンド「BEAR POND ESPRESSO」をオープンしました。

bearpondespresso_2.jpg

「当時、日本はプルオーバーやエスプレッソ、そして、カッピングにもそれほど注目していなかったんです。日本で『パブリックカッピング』を最初にやったのはうちなんです」と田中さん。ドキュメンタリーフィルム『A FILM ABOUT COFFEE』に登場する「カウンター・カルチャー・コーヒー」バリスタのケイティ・カーギロたちとともにNYで始めたパブリックカッピングは、その場で情報交換ができるメリットの高さからロースターやバリスタの間で定着。それを「BEAR POND ESPRESSO」とともに日本に持ち帰ったのです。

bearpondespresso_7.jpg

▲ 「カウンター・カルチャー・コーヒー」バリスタのケイティ・ガリーロ、2006年の写真。

赤く熟したコーヒーの実とチェリーが似ていることから“コーヒーチェリー”と言われるように、昔「カウンター・カルチャー・コーヒー」で使われていたカッピングシートの「ブライトネス」というカテゴリーは、苦味よりも酸度・酸味の強さを計る「アシディティー」というカテゴリーでした。しかし、腐った酸味とフルーツのような酸味ではどちらも同じ“酸味”を示してしまうことから、新しく「ブライトネス」という名前に改名。「当時、全米でも有名なシカゴのコーヒーロースター『インテリジェンス社』の『アシディティー』が書かれたカッピングシートを中心にパブリックカッピングが行なわれていましたが、『カウンター・カルチャー・コーヒー』では『ブライトネス』を使っていたんです。当時のカッピングシートは、サードウェーブのひとつの大きな証拠であり、生きている資料です」と、「カウンター・カルチャー・コーヒー」時代から記録していた膨大な資料を見ながら、田中さんはコーヒー豆の品質を向上させた当時のカッピングについて話します。

bearpondespresso_5.jpg

▲ 「カウンター・カルチャー・コーヒー」のカッピングシート。左から、挽いた豆の香りを示す「フレグランス」、お湯を注いだ時に出るヴァイパーの香りを示す「アロマ」、コーヒーの香りを示す「ブレイク」が香りのライン。そして、2009年に「カウンター・カルチャー・コーヒー」が作った酸度・酸味を示す「ブライトネス」、味を示す「フレーバー」、例えばソースを舌に乗せるような“重さ”を計る「ボディー」、飲んだ後の余韻の長さを示す「アフター」「テイスト」が味のライン。

また、サードウェーブの大きなポイントは、コーヒーロースターがコーヒー農家と直接交渉できるダイレクト・トレード。ドキュメンタリーフィルム『A FILM ABOUT COFFEE』の中でもダイレクト・トレードについて触れていますが、最初にアメリカでダイレクト・トレードを始めたのは、「インテリジェンス社」や「カウンター・カルチャー・コーヒー」でした。さらに、ダイレクト・トレードは、収穫したものにいくら払ったかのコストを透明化し、正当な資金をきちんと農家へ還元できることも魅力のひとつ。資金を還元することで水不足の際に水を供給できる用水路を拓けるようになったことをはじめ、高品質のコーヒー豆に見合った金額を支給できるダイレクト・トレードによって、これまで貧しかった多くの農家が自立しました。

bearpondespresso_8.jpg

▲ 田中さんが資料としていたコーヒーの本。資料がそれほどなかった当時、ナインストリートやイーストヴィレッジで、食べ歩き、飲み歩きをしながらNYのコーヒー文化を独学で習得。

「素晴らしく品質の良いコーヒーと言われる『スペシャルティコーヒー』を使い、コーヒーの新しい魅力を問いかけるというのが今日起こっているサードウェーブの潮流ですよね。それが今、だんだん定着しようとしていて、若者たちが“自分もコーヒースタンドやロースターをやってみよう”という底上げが始まってきたと思います」と田中さんは話します。ここ数年で、東京のあらゆる場所にコーヒースタンドが誕生し、さまざまなスタイルでコーヒーを飲むことのできる時代が到来。これまで音楽や別の何かがあるからこそ選ばれてきた“特別な存在”のコーヒーが、私たちの暮らしに一層寄り添うようになりました。現代のコーヒー・ムーブメントについて田中さんは「いろんなエリアにコーヒースタンドができるのはすごく良いこと。コーヒーを飲むという需要と作る供給が、この時代にうまく共存していくことを願っています」。

bearpondespresso_9.jpg

“セクシー”でなくてはならないということ

BEAR POND ESPRESSO」が掲げるテーマは、ドキュメンタリーフィルム『A FILM ABOUT COFFEE』の中でも語っている“Coffee People have to be SEXY! ”。それは、コーヒー豆もコーヒーを愛する人間も地球が生み出した自然の恵みであるからだという田中さんの思いが込められています。「多くの経験をしながら人間が成長していくように、若い土壌で育たない作物も時間をかけてちゃんと耕していけば成長していきます。つまり、焦っても美味しいコーヒーは作れないんですよ。これが、『BEAR POND ESPRESSO』が“セクシー”でなくてはならないという意味。もし本当に美味しいものを作りたかったら、多くの体験を積むことによって自分の求める味ができていくんです」。それは、ファーストウェーブ、セカンドウェーブ、サードウェーブと巻き起こるコーヒー・シーンをさまざまな場所で体験し、「BEAR POND ESPRESSO」というひとつの味を見出してきたからこその言葉。『A FILM ABOUT COFFEE』を観て原点回帰するような、そんなマインドを大切にしていきたいという田中さんのコーヒーに懸ける情熱は、次なる新しいウェーブへと続いていきます。

INFORMATION


bearpondespresso_10.jpg ドキュメンタリーフィルム『A FILM ABOUT COFFEE』
監督: ブランドン・ローバー
提供: シンカ、ヌマブックス、シャ・ラ・ラ・カンパニー
配給: メジロフィルムズ
WEB: afilmaboutcoffee.jp

※1月30日(土)より渋谷UP LINKにて追加上映ほか、全国順次公開中


COMMENT

「『A FILM ABOUT COFFEE』は、こだわりの1杯のコーヒーを作り上げる背景を追ったドキュメンタリー。監督のブランドン・ローパーは、“コーヒーはグローバルランゲージ。コーヒーにパッションがある人たちがその1杯を作っているのだから、もしコーヒースタンドでコーヒーを飲む時にはそういう背景を考えて欲しい”とメッセージを残しています。本作に登場するのは、サードウェーブに至るまでに影響を与えた第一人者。もちろん、彼ら以外にもこのシーンを立ち上げた方はいっぱいいると思います。教育として観る方、映画を作りたくて観る方、コーヒーに興味があって観る方など多角的に捉えられる作品ですが、自分にとっては仲間との思い出のポートレートです」(田中勝幸)