HURRICANE POINT｜ハリケーン・ポイント

写真：小野寺直毅　文：草深早希　翻訳：江副友佳子　協力：カリフォルニア観光局

アメリカの中でも有数の大自然に恵まれるカリフォルニア。サンフランシスコとロサンゼルスを結ぶ沿岸線に位置するビッグサーは、太平洋岸からサンタルシア山脈が急に立ち上がったようなドラマティックな地形のエリアです。カリフォルニア州道1号線の普及以降、その大自然が人々の心を魅了しカリフォルニアが誇る保養地として成長を遂げた一方で、20世紀半ばからヘンリー・ミラーやジャック・ケルアックなどの作家や芸術家たちが集い、アメリカの文化を育んできた歴史ある場所。見渡す限り自然の美しい景観の中で、独自の文化はどのように発展したのでしょうか。文学・哲学・食・音楽の4つのスポットとともにその背景を紐解きます。

１. HENRY MILLER MEMORIAL LIBRARY｜ヘンリー・ミラー メモリアル図書館

この地を語る上で欠かせないのは、1930年に発表された小説『北回帰線』で知られる、作家ヘンリー・ミラーの存在。後に「ビート・ジェネレーション」と呼ばれるアメリカ文学界に起こったムーブメントを牽引した、ジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグ、そしてウィリアム・バロウズをはじめとする作家たちに大きな影響を与え、アメリカ文学の重要な人物のひとりです。はじめてこの地に足を踏み入れた彼は、夢にみたギリシャの海岸線を思い起こさせる風光明媚な太平洋岸に魅せられ、移り住むことを決意。物書きや絵描きに生涯を捧げ、親しい友人エミル・ホワイトにより1993年にメモリアルライブラリーが設立されました。今では、ヘンリー・ミラーにまつわる書籍を幅広く揃えるだけでなく、彼を敬愛する世界中のパフォーマーたちがこの地に集まり、ライブや上映会、小説・写真・ペインティングのワークショップなどのイベントを定期的に開催する貴重な場に。

▲ オーナーによるおすすめは、左から、ヘンリー・ミラーの処女作であり自伝ともいえる小説『Tropic of Cancer（邦題：北回帰線）』、当時のロシア社会を忠実に書き著したロシア人作家、フョードル・ドストエフスキーによる長編小説『The IDIOT（邦題：白痴）』、性による人間性の開放をテーマにしたイギリス人作家、 D・H・ローレンスの小説『LADY CHATTERLEY'S LOVER（邦題：チャタレイ夫人の恋人）』。ヘンリー・ミラーの著書や翻訳書、影響を受けた書籍のほかに、ビッグ・サーの書籍やビートニクの書籍など、ライブラリーには約100タイトルが並びます。

２. ESALEN INSTITUTE｜エサレン研究所

海・川・温泉の3つの「水」を有するビッグ・サーは、その壮大な自然環境が人々の心を元気づけるエネルギーを秘めた、カリフォルニア屈指のパワースポット。もともと住居していたエサレン・インディアンたちも、この土地を敬ってきました。1960年代に起きた「人間性回復運動」と呼ばれる心理学のムーブメントの最中、スタンフォード大学を卒業したばかりのマイケル・マーフィーとリチャード・プライスよって設立された「エサレン研究所」は、心理学・芸術・ボディワーク・ヒーリングを実践する滞在型のコミュニティ・センター。宗教や哲学などの東洋思想に強く心惹かれたふたりは、心身一如しんしんいちにょがもととなる東洋的な身体観をベースに、西洋と東洋、古代と現代、科学と宗教、学問と芸術の融合を試みたユニークなワークショップを通して、心と意識の本質に向き合う人間性や人間の潜在能力を開発する場を人々に提供。ヨガや太極拳などの東洋的な身体アプローチをはじめ、ソマティクス・ボディワークやトランスパーソナル心理学、パーマカルチャー、アート、音楽、ダンスなど、年間500を超えるワークショップは、ネガティブな思いや心に抱える苦しみを自らの力で見出すことを目的としています。

▲ 宿泊施設や畑、川のある広大な敷地の一角には木々に囲まれたメディテーション・ルームも。世界的に知られる「エサレンマッサージ」は、スウェーデンのマッサージを基本に、体に〝触れ合う〟という相互のコミュニケーションを育むことを目的としたフレームワークとディテールワークが加わる、エサレン研究所で誕生したオリジナルの手法。現在では、その創設者の子孫たちがマッサージのワークショップを教えます。そのほか、トリヨガやツリーオブライフなどで有名なガール・サッソンによるレッスンがおすすめ。

３. BIG SUR BAKERY & RESTAURANT｜ビッグ・サー ベーカリー&レストラン

▲ 薪釜オーブンで焼き上げたパンは、オーガニックバターと岩塩。ミックスレタスとフェタチーズ、ラディッシュ、ピスタチオのサラダは、オリーブオイルとレモンでシンプルに味わう至って素朴なメニュー。この日の日替わりスープは、素材を生かしたブラックビーン。

「ビッグ・サー ベーカリー&レストラン」は、BMXライダー、フランクリン・ポストの娘夫婦が建てた家をリノベーションし、ウェストコースの大動脈、ハイウェイ1号線が開通した1937年に創業。長年にわたり、ビッグ・サーを訪れたトラベラーの空腹を満たす憩いの場として、多くの人々に愛されてきました。ダイナーでは、食材の仕入れから、伝統的なレシピの「サワードウ・ブレッド」やピクルスの長時間発酵、手作りの薪釜オーブンで地産地消の肉と野菜を丁寧に低温ローストするまで、すべてのプロセスにこだわりの行き届いた新しい食を提案。このエリアならではのゆったりとしたライフスタイルを堪能しながら、美しい自然の中で生まれた完ぺきなプロセスとその食の豊かさを体験することができます。ローカルの農家から野菜を仕入れるだけでなく、地域の人たちが育てたくだものから作ったジャムの販売も。ビッグ・サーの小さなコミュニティだからこそ育まれた、町で唯一のベーカリー&レストラン。

▲ 「オーガニックよりも昔から伝わる食材を使うほうが、深い味わいを作れるんです」と、ベーカーのミッシェル・リゾッロは話します。その言葉の通り、地産地消の食材以外は、インディアンやアーミッシュたちが100年以上前から栽培してきた伝統野菜や昔からアメリカにある麦を使用。

４. GNOME LIFE RECORDS｜グノーム ライフ・レコード

▲ レコードやカセットテープのパッケージ、特典となるポスターには、カリフォルニアで活躍するアーティストが起用されるだけでなく、ビッグ・サーの自然からインスパイアされることも。2005年にレーベルをスタートしてから12年が経ち、今では14組ものアーティストが所属。

沿岸線から内陸に進むと、視界が開ける美しい山間部に拠点を構える〈グノーム ライフ・レコード〉は、〝音楽の芸術作品〟をコンセプトに、ハンドメイドでアナログレコードをつくるレーベル。その作品のどれもが、物理的でありながらも精神的なパワーにあふれる、神秘的なビッグ・サーの大自然とともに育まれてきました。実際、レーベルの何人かのアーティストたちは神聖なこの地に居住。そして、この地へはじめて訪れるアーティストも、ここで暮らすアーティストと同じように、言葉では表現できない不思議な気持ちを共有しています。レーベルの音楽は、ジャンルもカラーもさまざまでありながら、すべてダイナミックで美しいこの生態系の中に紐づくもの。また、細分化によって文化という「モノの価値」がなくなりつつある現代、〈グノーム ライフ・レコード〉はクリエイターのサポートに取り組んでいます。その目的は、純粋に音楽と向き合うアーティストの作品を人々に知ってもらうために〝価値ある船〟をつくること。闇の中に光を灯すような、音楽の作品へのアプローチに情熱を注ぎます。

▲ 「サンフランシスコやロサンゼルス、ニューヨークの都市ように、人の多い環境は、つくるものに制限ができます。だからこそ、自然の中で生まれる文化が好きなんです」と話す、レーベルオーナーのフレッチャー・タッカー。そんな彼の趣味は、このエリアに生息するセージの葉やジャイアント・ケルプを使った楽器づくりや、野生植物をカゴや芳香剤として有効活用した暮らしの実践。そのほとんどがエサレン・インディアンによる伝統的な知恵だと教えてくれました。

今回ご紹介したスポット