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滋賀伝統「鮒ずし」に学ぶ、滋賀の発酵食[後編]<br>服部滋樹×野村友里×左嵜謙祐<br>滋賀、再発見プロジェクト「MUSUBU SHIGA」トークイベント

会場写真:阿部 健 文:草深早希

REPORT

滋賀伝統「鮒ずし」に学ぶ、滋賀の発酵食[後編]
服部滋樹×野村友里×左嵜謙祐
滋賀、再発見プロジェクト「MUSUBU SHIGA」トークイベント

滋賀の魅力をゲストとともに再発見するプロジェクト「湖と、陸と、人々と。MUSUBU SHIGA」が、原宿「VACANT」で行なった展覧会「MUSUBU SHIGA 空想 MUSEUM」。プロジェクトの食のリサーチャーとして「restaurant eatrip」を主宰する野村友里さんは、滋賀にある創業230年の名店「ふなずし うお」で「ふなずし」という伝統的な料理を作り続ける左嵜謙祐さざきけんすけさんのもとを訪れました。このプロジェクトを手がける「graf」服部滋樹さんとおふたりを招いて行なわれたトークイベントのレポート[後編]では、鮒ずしの加工過程から滋賀に伝わる発酵食文化を辿ります。

※[前編]は、こちらから

服部滋樹(以下、服部) 滋賀には、鮒ずしから日本酒まで多くの発酵食があります。そこで今日は発酵食についてのお話を詳しく聞きたいと思います。
左嵜謙祐(以下、左嵜) ニゴロブナは琵琶湖にしか生息しないフナです。なれずしは全国にあったはずの食文化なのに、形を変えずに残ったのは滋賀だけ。その理由として、ニゴロブナが琵琶湖にいたからだと思います。

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服部 琵琶湖に生息する淡水魚は、ニゴロブナ以外にビワマスも高級魚と言われています。フナというと、どのくらいの希少価値があるんですか?
左嵜 ニゴロブナも貴重な魚の分類に入ると思いますよ(笑)。鮒ずしを作っていてよく思うのは、初めて鮒ずしを召し上がる方がその臭さにつまずくというよりも、フナを食べて良いものかというみなさんの中にある潜在意識。
服部 そもそも鮒ずしの臭いというのは、お米が臭くなっているのか、フナが臭くなっているのか、どっちの臭さなんですか?
左嵜 それは、どっちも否定したいくらいなんですけどね(笑)。

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野村友里(以下、野村) 私は、なれずしが臭いというよりも、酸っぱくてびっくりしたんです。あれってフナじゃなくても、ほかのお魚でも同じ技法を使ったらできますよね?
左嵜 できます。僕らは鮒ずしを作りますけど、それ以外にもハスを使った「ハスずし」をはじめ、原料の違うなれずしが滋賀にはいっぱいありますし。それこそ、どんな魚もお米で漬けてなれずしにします。鮒ずしができるのに2年かかりますが、ジャコずしやハスずしは「はやなれ」という早くできるなれずしで3ヶ月程度でできあがります。
服部 その差はどこにあるんですか?
左嵜 鮒ずしって2年漬けて完成させるというのが最近の考え方であって、本来は2年保存できるという食べ物なんです。冬場、食べ物に困っていた時代にできた、生のタンパク源を保存しておける技術。その後、農業も漁業も上手になって食べ物に困らなくなった人間は、なれずしを作るうちに酸味を好きになったんです。当時、“酸っぱいもの”と言っても乳酸発酵しか作れなかったんですね。それで、酸味欲しさに保存を省いたなれずしが流行りました。江戸時代にお酢が流通してから、より簡単にご飯を酸っぱくすることができるようになったんです。それで江戸前の握り寿司が生まれたんですよ。だから、握り寿司の元はなれずしなんです。

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左嵜 これが塩漬けにした後ですね。3月に獲れるフナを塩漬けにして夏の土用の日まで置いておくんです。琵琶湖の水深60メートルの場所に生息しているニゴロブナをなぜ保存できるくらいたくさん獲れたかという理由は、フナが産卵をしに人間の作った田んぼ目指して昇ってくるからです。人間は、稲を植えるために田んぼに水を張っているとフナが勝手に入ってくるから、獲っても食べきれず塩漬けに。産卵したフナは、半分人間が作った外敵のいない自然ですくすくと大きく育った頃に、稲を刈るために田んぼから抜かれる水と一緒に琵琶湖へ戻るんです。鮒ずしは、人間と持ちつ持たれつの環境から生まれた食べ物。
服部 滋賀では各家庭で鮒ずしを作るそうです。各家庭の味って当然違うと思いますが......。

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左嵜 違いますね。家にいる菌が鮒すし作ってくれるものなので、当然、各家庭の味は異なります。夏の土用の日に漬け込んだ塩漬けのフナを水洗いして、軽く塩を抜いて、今度はご飯と一緒に漬け込んでいきます。ご飯とお魚を入れるだけで菌は入れません。この天井の黒い斑点は、「蔵持の菌」と呼ばれるうちに住む乳酸菌が乳酸発酵を起こします。
野村 桶が置いてある天井にだけ菌がいて、あとはキレイな天井なんです。よく耳を澄ますとなんか音が聞こえるような気がして、あれは発酵している音......?
左嵜 発酵している音が聞こえますね。空気が“プチプチ”抜けるような音。
野村 明らかに菌がいるところと、いないところで天井の色が分かれていたから、なにかがいるけどそのなにかが見えなくて......、小人の仕業じゃないけど......。
服部 生きている感じがするってことだよね?

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野村 腐敗しないで食べ物になるっていうことが発酵の難しいところじゃないですか。どうすると腐敗して、どうすると発酵になるんだろう?っていうのがわからなくて、お米しか入ってないのに2年漬けるということを凝視したんですけど......(笑)。
左嵜 写真は、僕が小学校くらいに建て直した「仕込み蔵」です。その時も、古い木造の蔵を半分壊した状態で一度仕込んで、同じものができるのを確認してから元の場所に戻して建て直したんです。つまり、菌の引っ越しが済んでから蔵を建てたと聞いています。その時の天井板も何年か桶の周りに置いたみたいです。漬け込み以外に、鮒ずしが臭くならないよう「もり」という作業を2年かけてしますが、発酵というのは人間と同じスピードで進まないので、「僕らが菌の意思を作るのではなく、菌のお手伝いをするのが僕らの仕事」と先代からも教えられてきました。この蔵で菌の表情を見るのが僕らの仕事です。雑菌が入らないよう見守ると、チーズのような乳酸発酵の香りになるんです。

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服部 この「いい」という、なれずしを作るのに使われる発酵したお米が美味しいんです。
野村 本当に美味しくて、飯が酸っぱい調味料だと思うと、なんでもアレンジできるアイデアが思い浮かぶというか。滋賀の方、みなさん食べていらっしゃいましたよね?
左嵜 最初はびっくりする酸味なんですけど、ふとした時に求める味なんです。そして、鮒ずしには乳酸菌が作った成長作用や、家庭料理としての寿夭効果があると言われています。
野村 お米って甘いじゃないですか。それが、甘さが消えて酸味になるという変化が、全く別物になっちゃうからすごく不思議だなって......。
左嵜 地域によってはご飯が手につかないように日本酒や焼酎を使って手を濡らすところもあるんですけど、そうすると鮒ずしって甘くなるんです。原則として、鮒ずしは手入れに水を使うので酸味が強い食べ物になります。

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▲ イベントで振る舞われた野村さんのスペシャルメニューは、いいの酸味を上手く活かしたドレッシングのサラダと、飯の酸っぱさとチーズのマイルドさが絶妙な組み合わせのハッシュポテト。

左嵜 鮒ずしって、お魚の酵素を壊さない状態で食べられるから良いんですよ。鮒ずしを作る商売ということ以外に、僕には滋賀の食文化を伝える役割があります。伝統は守りますが、ある程度この時代に合わせないと食卓から離れてしまうことが起こります。鮒ずしがこれから先に残される食べ物になるには、作り手が新しい提案をしなければいけないと思うんです。
服部 いい話ですね。作り方は変えないけど、使い方を変えるという話じゃないですか。使い方を変えるということは、きっと今しかできないこと。作り方が変わらないということは、その土地の文化を残すことと同じですよね。それは、文化を変えるということではなく、生き方を少し変えていくという時間の合わせ方みたいなことですね。
左嵜 伝統食材とか郷土食と言われながらも、滋賀の方ですら食べたことのある人が少なくなってきています。やっぱり、食べ物としてどうやって生きていくかを考えると、時代に置いてもらうということが大切だと思っています。

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PROFILE


kensuke_sasaki.jpg左嵜謙祐(さざき・けんすけ)/創業230年を超える鮒ずしの老舗「魚治うおじ」(高島市マキノ町)の7代目当主。 「魚治」が手がける料亭「湖里庵こりあん」は、小説家の遠藤周作さんが命名した店としても広く知られ、伝統的な鮒ずしと革新的な「鮒ずし懐石」を堪能できる。また、2013年から「魚治」では、木桶仕込みの鮒ずしが50年ぶりにメニューとして復活。今なお滋賀で継承される伝統の味を守り続けている。
shigeki_hattori_graf.jpg服部滋樹(はっとり・しげき)/1970 年生まれ、大阪府出身。「graf」代表、クリエイティブディレクター、デ ザイナー。美大で彫刻を学んだ後、インテリアショップ、デザイン会社勤務を経て、1998年にインテリアショップで出会った友人たちと「graf」を立ち上げる。建築、インテリアなどに関わるデザインや、ブランディングディ レクションを手掛け、近年では地域再生をはじめとする社会活動にもその能力を発揮している。京都造形芸術大学芸術学部情報デザイン学科教授。
yuri_nomura_eatrip.jpg野村友里(のむら・ゆり)/フードディレクター、フードクリエイティブチーム「eatrip」主宰。長年おもてなし教室を開いていた母の影響で料理の道へ。母から譲り受けた、日本の四季を表す料理やしつらえ、客人をもてなす心をベースに食を通じて様々な角度から人や場所、ものを繋げ、広げている。主な活動にパーティーのケータリングフード演出や執筆、ラジオ番組。その活動を通して食の可能性を見出し、愉しさを伝える。2011年には、「シェ・パニース」のシェフたちとともに、生産者・料理人・消費者を繋ぐ参加型の食とアー トのイベント「OPEN harvest」を開催。その経験を経て「nomadic kitchen」を始動。2012年原宿にて「restaurant eatrip」をオープン。 初監督作品となる食のドキュメンタリー映画『eatrip』は2009年の公開後、DVDをリリース。著書に『eatlip gift』(マガジンハウス)がある。